ならまちさんぽ ~危機に瀕した歴史的町並み~

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奈良県と言えば東大寺や法隆寺をはじめ寺社仏閣の渋いイメージが強く、もっぱら東日本の中学生たちが修学旅行で訪れる地である。

そのうち奈良市には「古都奈良の文化財」の登録名で8つの世界遺産があるが、その中に元興寺(がんごうじ)というマイナーな寺院がある。
その元興寺の旧境内にあたる地域は「ならまち」と呼ばれ、古い町家が立ち並ぶ歴史的町並みを今なおとどめている。

今回はそのならまちを紹介したい。

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実は「ならまち」という地名は存在しない。
ガイドブックにもあけすけに記載されているが、概ね俗称のようなものであると思っていただいて相違ない。
一応正しいのは「奈良町」だが、都市景観形成地区を指してひらがなが多用される。

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ならまちは元々寺内町だった

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710年に平城京が遷都されると718年、後追いで法興寺(飛鳥寺)が移転してきて元興寺とその名を変えた。これが始まりである。飛鳥寺とは、かの蘇我馬子が建立した日本最古の仏教寺院。
そして元興寺周辺は平城京の外京として整備され、多数の仏教寺院が置かれることになる。

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今では元興寺はあまり大きな寺とは言えないが、当時は南北に細長く、ざっくり言うと現在の位置が南東にあたり、北は猿沢池、西は近鉄奈良駅の西側を南北に走るやすらぎの道あたりまで、という半端なくでかい寺院だった。

で、この旧境内にすっぽり収まる地域が現在の「ならまち」となり、築100年クラスの町家が平気でごろごろ転がっている情緒的な景観を創り出している。

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JR、近鉄どちらからも地味に遠いことに加え、基本的に観光客は東大寺で大仏を見て奈良公園で鹿と戯れてお腹いっぱいになる傾向があるので、ならまち自体はそんなに知名度は高くないと個人的には思っている。

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しかし、まち歩き好きな諸氏であれば何度も歩きたくなるような奥ゆかしい町並みは一見に値する。
奈良は派手な空襲に遭わなかったので、結果的に街路や建物が残り今日にいたっている。

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ざっくり見所を挙げるとすれば、世界遺産の元興寺、伝統的な格子造りを持つ町家、そして明治時代前後から残るクラシカルな町並みが醸す風情。
能書きがずいぶん長くなってしまったので、そろそろこの辺で・・

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格子の町家。
タイトルにも謳ったので少しだけ触れておくと、ならまちには約1600軒の町家があるが、そのうちの実に2割が空き家になっている。
そしてこれは奈良市内の平均空き家率を大きく上回っている。事態は思ったより深刻なのだ。

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出た。これぞ築100年級の古民家。
まだ住人がおり、大切に使用されているその姿はどこか感動的ですらある。1世紀を刻んだ労をねぎらい、心からの賛辞を送りたくなってくる。

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真夏に見るとちょっと涼しくなれそうな一コマ。
なんだかんだで訪れてからそろそろ一年が経とうとしている。嗚呼、もうすぐ夏が来る・・・

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そうだ。見所をひとつ忘れていた。
この軒先に吊るされた赤い奇妙な物体は「身代わり申(さる)」という縁起物で、つまるところ魔除けの一種。
災いを代わりに引き受けてくれるというもので、「庚申(こうしん)さん」の使いとされている。ならまちにはこの「庚申信仰」という江戸時代から続く民間信仰が今でも息づいている。

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ムダにアップで一枚。
散策するとそこかしこで見られる、言わばならまちのシンボルである。
というわけで次回予告は、その庚申さんが祀られる「庚申堂」から。

(2ページ目へ続く)

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