高架下に残る昭和の聖痕「今川小路」

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今日は久しぶりに昭和レトロなネタを。
すでにまち歩き系の先輩諸氏が各々のサイトで紹介しているので今さら感も満載なんですが、歩いてきた以上は書きたくなるわけで。

それは、東京のど真ん中に残る戦後。東京駅と神田駅の間のガード下に残るバラック飲み屋群、その名も「今川小路」である。

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神田駅西口、南口から徒歩数分。筆者はアクセスの関係で総武線の新日本橋駅から向かったが、「ホテルメイン神田」という三角形の土地に建つホテルを目印に歩けばよい。

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ホテルと高架に挟まれた細い路地を進むと、「今川小路」と書かれた看板が迎えてくれる。
着いた。ここだ。

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白幡橋高架橋という名のつくガード下に、果たしてその小路はあった。
暗くて奥のほうがよく見えないが、こうして目の前に立つだけでただならぬオーラに圧倒される。

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意を決して内部へ分け入ると、ようやく内部の状況を理解するにいたった。
こ・・これはすごい。
というかなんだここは。

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都心の一等地に建つ、さしずめ高級バラックと言ったところか。
どっからどう見ても戦後の佇まいである。まさに平成の奇跡。

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目が慣れてきても現実感がまったく伴わない。
もしかしたら狐に騙されて、何かの幻影を見せられているのではないか。
それぐらい、ただただ“異景”でしかない。

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高架下には居酒屋が数軒並んでいる。
まさかピンクの豆タイルにこんなところでお目にかかるとは。

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どうもそれぞれの居酒屋は住居も兼ねているらしいということがこの辺りでわかってきた。
しかし凄まじい立地と住環境である。
日当たりゼロ、24時間中20時間は騒音、もとい爆音に晒され続ける。
とてもまともな睡眠が取れるとは思えない。

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店はたたんでしまったようだが、自転車が置いてあるしやはり住人はいるようである。
一体何十年ここに住んでいるんだろう。
そう考えるとそれがいかにすごいことか実感できる。

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ここに来たときからずっと気になっていたシルエットの正体は猫氏であった。
小路のど真ん中に鎮座してただこっちを見据えている。
まるでここのぬしのようだ。

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明るいところからそのディテールに目を凝らすと、改めて壮絶な様子がよく理解できる。
もはや住居と呼ぶことさえ憚られる気がしてならない。

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東側から西側を望む。
工事用フェンスに覆われている北側にも、かつては同じようにバラックがあったそうだ。
ちなみにこの小路の真ん中が区境となり、「死んだほう」が千代田区、「生きてるほう」が中央区となる。

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ひとつ前の場所からもう少し引いてみると、ご丁寧にフェンスに「今川小路」と書かれていた。
というか、確かにこれがないとここに飲み屋横丁があるなんてきっと誰も気づかないと思う。

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いやはや、すごいところだった。
再び小路の西側へやってくると、そこにも猫氏。
まるでシャッターチャンスを待ちわびていたかのようにポーズを決めてくれた。

1日何十回、何百回と電車が行き交う首都の大動脈の真下で、戦後から残る横丁は今日も静かに時を刻んでいる。
激変してしまった東京という街で、焼け野原だった昭和20年から、歴史は確かにひとつの連続性を有しているということを私たちにそっと教えているかのように。

[訪問日:2015年6月7日]


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