ローカル線と漁港とぬれ煎餅の街「銚子」の赤線跡を歩く

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関東最東端の街、千葉県銚子市。
利根川と太平洋に市の大半を囲まれたその市には、首都圏から気軽に乗りに行けるローカル線「銚子電鉄」、その銚電の救世主とも言える「ぬれ煎餅」、そして全国有数の水揚げ量を誇る「銚子漁港」などがある。

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円福寺。またの名を「飯沼観音」。
銚電の観音駅が最寄りのその古刹の裏手に、かつて赤線があったという。この日はその名残を求めて遠路はるばるやってきた。

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朱塗りの五重塔がそびえる。青空であればこの朱もキレイに映えたであろうことが残念でならない。

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特飲街の名残を求めて

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通称「観音裏」と呼ばれる一帯は、元遊郭ではなく戦後にパンパン(街娼)が跋扈したことで発生した特飲街であったという。

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『赤線跡を歩く』の巻末で特集になっているので、好き者の間ではよく知られた場所ではないかと思う。
筆者の木村氏は1997年に訪れているので、実にそれから18年も経っていることになる。

03

すでに同書で「往時の建物は一軒も残っていないようだった」と述懐されているので、はなから期待などはしていなかった。
遺構を見るのが目的ではなく、かつて赤線があった場所を歩くという体験を得ることが目的なのだ。
もちろん基本は前者のほうだが、この日のように後者になることも珍しくない。

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観音裏の道を東に進み、しばらくすると盛り場の名残をとどめる界隈にたどり着いた。
住所で言うと田中町5~6あたりであろうか。

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赤線時代の建物は遺っていないようではあるが、赤線の灯が消えてからはそのまま盛り場となり、それは今でも変わっていない。
なので雰囲気ぐらいは味わうことができるだろうと思う。

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しかし予見していたことではあるが、寂れ方になかなか磨きがかかっていて思わず唸り声が出そうになる。
この寂寥感はどうであろう。

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このパブは・・現役なのか。最近アメリカで、解体業者に間違って家を壊されたなんていう信じられない事案があったけど、これなら隣と間違って破壊されてもなんら不思議じゃないぞ。

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外観といいこの看板といい店の名前といい、すべてが昭和のそれである。
かつては繁盛したんでしょうなぁ。まったく想像つかないけど。

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ホステスの一覧が手作り感満載。これは和むなぁ。
しかし顔も年齢も分からないとかここは地雷原ですか。

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お隣は貸店舗だそうで。地方の盛り場では想定内である。いちいち驚いたりしない。

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もはや違和感でしかないカラフルな外観だけが、今では往時の繁栄を知る唯一のよすがである。
嗚呼。諸行無常の響きなり。

(2ページ目へ続く)

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コメント

  1. maru より:

    そうそう、スナックが多いんですよね。

    あと、川むこうの!?神栖もいまじゃ見る影ありません。
    私が行った当時でつぶれたソープが数件と現役お店が一件ありましたが
    現在は、、、

    • mast-mo より:

      神栖・・サウナですよね。行く前に軽くリサーチしましたが、すでに死に体となっているとのことで華麗にスルーしました。。
      まだ現役だとしても危険な香りがぷんぷんしますね(笑)