2015年、夏、石巻

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昨年は観光誘致のためのふるさと旅行券という観光、宿泊の割引券が県や自治体単位で発行され、ずいぶん話題を呼んだ。
振り返れば5回ぐらいお世話になった気がするが、初めて使ったのが7月3連休の東北旅行のときで、宮城県の石巻市に泊まった。

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石巻に来たのはもうひとつの趣味である夜景撮影のためで、このとき石巻グランドホテルに3000円OFFで宿泊。
で、せっかく来たので、最終日となった翌日の午前中に市内をぶらぶら散策してきた。

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石巻と言えば漫画家の石ノ森章太郎ゆかりの地で、石ノ森萬画館があることで有名。
そのあたりのことが、駅舎を見ると一目瞭然。

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そしてもうひとつ。あの東日本大震災で甚大な被害を出した街が他ならぬここ石巻である。
海から2kmちょっとしか離れてない駅にも津波が押し寄せている。そこには水位を示す線が描かれていた。

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駅から石ノ森萬画館までの道のりは「いしのまきマンガロード」として整備されており、キャラクターのモニュメントがいたるところに設置されている。
あーこれ、鳥取境港の水木しげるロードと同じ展開ですね。ちなみに筆者は境港を歩いたとき、そこを勝手に「きたロード」と命名しました(笑)

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石巻を歩いたのは、震災から4年の歳月が流れた街がどうなっているのかをこの目で見たかったから、という理由が大きい。
そういう意味では今回はいつもと少し趣旨が違うのでご了承ください。

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ここで書くような話でもないけど、実は筆者は震災後、二度ボランティアに参加させていただいている。
一回目は震災直後の2011年4月。二回目は一年後の2012年3月。それぞれ、宮城県の岩沼市と七ヶ浜町を訪れた。

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特に一回目は、テレビの中でしか見たことがなかった地獄のような惨状を目の当たりにし、凄まじい衝撃を受けて帰ってきた。
自然の恐ろしさ、被災者の悲しみや前を向く気持ち、同じ目的で全国から集った仲間たちの復興に対する強い想い。
貴重な経験とかけがえのない財産を手にしたあの頃からしたら、もはや人々の記憶も関心もだいぶ薄れてしまったように思う。

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被災地をこの目で見ているからこそわかることがある。
正直この日は、いつもとまったく違う気持ちで歩いていた。

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言わば、震災の記憶を拾い集めながら、脳内の褪せた風景を上書きしていく作業ということになろうか。
どう考えても浮かれた気分で歩けるわけがない。

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とは言え、駅前をはじめ「いしのまきマンガロード」を歩いてみても、さすがに震災の爪痕を垣間見ることは皆無に等しかった。

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ちなみに、校長の神対応で校内の全児童が無事だった門脇小があった門脇地区は、見ての通りまだまだ大部分が空き地のままであった。
(児童たちが避難した日和山から望む)

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引き続き厳かな気持ちで散策を続ける。
このあたりだって、あの日は足が浸かるほどの津波が押し寄せていたはず。街の変遷を知らぬ者の目には、ただただ凡庸な街並みにしか映らない。

(2ページ目へ続く)

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コメント

  1. maru より:

    復興しつつある街というか
    回復しつつある街。
    なんというか、空気が伝わってきます。
    すべてがもとに戻ることができないが
    少しずつ、普段を取り戻している感じですね。

    あの震災の一年後に仙台空港付近を尋ねました。

    • mast-mo より:

      そうなんです。5年が経ちますが、復興がままならない場所だって実はまだあるんですよね。
      現地を歩いているのでよくわかりますが、あの震災は大地にも人にも相当深い爪痕を残しました。