明治時代に建てられた元遊郭の転業旅館、八戸の『新むつ旅館』に泊まってきた

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青森県の八戸市に、元遊郭だった建物がそのまま旅館として使われている「新むつ旅館」がある。
青森に行く≒新むつ旅館に泊まる
ぐらいのレベルで、この遠征でもっとも楽しみだったのがこの新むつ旅館。

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JRの切符じゃないけど、確か1ヶ月くらい前に予約したんじゃなかったかな。自分のことになるとどこまでも仕事が早いヤツ。

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JR八戸線の「小中野駅」から東へ1km弱。歩いても10分程度だろうか。
そんな新むつ旅館は、明治31年(1898年)に建てられ貸座敷として営業を開始し、昭和33年(1958年)に売防法成立を機に旅館に転業。今にいたっている。
つまるところ、ざっと120年ほど経っている。

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目の前に立つと、やっと来れた・・という万感の思いと、1世紀の時を超えて今なお悠然と立ち続けるその佇まいになすすべもなく胸を打たれた。
フルエガキタノハキットサムサノセイジャナイ。

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早速中へ入ってみる

外観についてはのちほど触れるとして、早速扉をくぐって中へ。

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たたきを上がると、正面は広間になっている。
圧倒的な重厚感と定まらぬ視線に脳の処理が追いつかない・・ヤバいフリーズしそう。
ちょっと待った・・再起動しよう。

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左手は帳場。その奥が居間となっている。目の前の景色にまだ現実感が追いつかない。

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そして右手にあるのが・・圧巻の存在感を放つこのY字階段。
ここを訪れた人が最も印象に残るのがおそらくこれだと思う。

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さっきから気になっていたのがこのお多福。
何とも形容のしがたい顔をしてるよな。眺めてるとじわじわ来る。
笑う門には福来るってことかな。

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おもむろに上を向くと、帳場の真上に天窓(ソラ窓とも言うらしい)があった。
細かい数字やお金を扱うところだけに、手元の明るさは必要不可欠だったのであろう。

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いざ踏みしめるように急な階段を一段ずつ上る。ドキドキワクワクな気分は完全に遊客のソレと同じである。

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女将さんに案内されたのは、二間ぶち抜きの大広間。
どうやらここを一人で使っていいという・・早目に予約したのが奏功したようで(笑)
ちなみにこの日の宿泊客は筆者の他にカップルが一組だけ。

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縁側へ行き窓を開けると、正面の路地を見下ろせる。
100年以上前に、遊女がここから手を振り客を見送ったんだろうな。そう考えるとさすがに感慨深い。

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二階を少し見学させていただくことに。廊下は空中回廊(実際はコの字)のようになっていて、吹き抜け部分から一階が見下ろせるようになっている。

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将棋の駒に書かれた部屋札は、「娼妓(しょうぎ)」にちなんでいるとか。明治の人はなかなかユーモラスですね。

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その八番の部屋の後方に、帰り客用の裏階段がある。これぞ遊郭建築の最たる特徴と言える。

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登楼用のY字階段にも増して急な造りに見える。
これ、酔っ払って転げ落ちた人絶対何人もいる気がする。

ざっと内部を概観してきましたが、ここまでを前編とさせていただきます。
後編では遊郭にまつわる意匠やアイテムをもう少し掘り下げて書いていきます。


夜はフォトグラファー(趣味レベルですがね)としての仕事があるので、八戸の繁華街で名物のせんべい汁を頂き、旅館は朝食だけにしていました。

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朝食をいただきつつ女将さんから遊郭時代の話を色々伺ったんですが、後編ではその辺も含めて紹介できればな、と。

(2ページ目へ続く)

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コメント

  1. maru より:

    素晴らしい!
    いいレポ-トでした。
    仕事でカメとは色々撮影しているんですね。

    • mast-mo より:

      いつもの3割増ぐらい気合い入れて書きました(笑)
      あー、仕事って書いちゃいましたね。ただの趣味です・・