妻籠宿で泊まろう!明治時代の古民家で異文化交流を体験する

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江戸時代の宿場町、妻籠宿。せっかく行くなら泊まらないのはもったいない、とこの日は妻籠で宿を取ることにした。

昼間。散策中のこと。
ぴんぽんぱんぽ~ん的な合図で町内放送が流れ出し、おぉ懐かしいなぁなんて思った次の瞬間。

「こちらは南木曽町です。本日○時頃、○○地区でクマの目撃情報がありました。付近の住民はお気をつけください」

…ちょっと武器屋行ってくる(震え声)

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明治時代の古民家で泊まる

クマにビビりながらも無事お宿到着。ワンコがお出迎え。和む。

この日お世話になったのは「こおしんづか」さん。厳密に言えば、妻籠ではなくもう少し馬籠宿寄りにある「大妻籠」という集落。

お宿は明治36年築の古民家で囲炉裏がある。

この日の客は、筆者の他に一組。着くなり親父さんから「英語できる?」と訊かれ、理由を聞くともう一組が外国人カップルだと言う。(この宿は外国人旅行者が多い)

さらに聞くと、スイス在住のフランス人&中国人という謎すぎる二人で、英語は一応しゃべれるとか。何その亡命者みたいな肩書きw

建物の裏手には池があり、その向こうに川が流れる。部屋からは清流の音が絶えず聴こえてくる。

ロケーションが抜群。最初妻籠宿の宿を探してたんだけど、一人だと割増になるのと例のホコテンの影響で単車を横付けできない気がして大妻籠にした。結果的によかった。

夕食は囲炉裏の間で。川魚、山菜、天ぷら、蕎麦・・木曽路の幸を余すことなく堪能。自家製くるみ味噌の五平餅が絶品。

親父さんから建物や料理のこと、妻籠宿のこと。色々話を聞きながらの夕食。こういう時間が旅の醍醐味。

亡命者の二人は、歳は30前後かなぁという印象。どういう関係かは訊けなかったけど、中国人の彼女さんは美人だった。
さすがに親父さんは慣れていて、片言の英語でも臆することなくコミュニケーションを取る。

あわよくば連絡先を聞けたかもしれないのに貴重な異文化交流の機会なのに、社会に出てから英語を話す機会が皆無の筆者は伝えたいことがうまく伝わらずに終始テンパっていた。

…このときほど自分の英語力のなさを呪ったことはない

少し肌寒い日だったこともあり、囲炉裏に火を入れてくれた。

また、食事が終わったあとには親父さんがソウルフルな歌声で木曽節の独唱を披露してくれた。すべてが貴重な経験。

そうして夜は更けていった。

清流の音を聴きながらぐっすりと眠り、旅の疲れを癒やす。

旅行中は気をつけないとすぐ体重が増える。けど、ご飯が美味しくて1合以上はあったと思うけど完食してしまった。

ご主人と奥さんにお礼を告げ、ワンコにも別れを言ってから妻籠宿を発った。
目指すは木曽路最後の宿場、馬籠宿である。

前夜が松本市内の味気ないビジホだったこともあり、妻籠で一泊できたことはこの旅で最も記憶に残る出来事だった。ひとつだけ心残りがあるとすれば、夜の妻籠宿を歩いてみたかったということ。

いつの日か・・

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コメント

  1. maru より:

    愛車はドガですかね?

    良い体験ですね。囲炉裏は煙くありませんでしたか?

    木曽節はミッチーなのが100点です。
    時々車のなかで、CD聞いてます。

    • mast-mo より:

      いえ、モンスターに似てると言われるホンダVTRです。
      囲炉裏ですか?それはもう。めっちゃ煙かったですよw