昔遊郭、今歓楽街。広島、薬研堀界隈を歩く

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前回少し触れた通り、一楽旅館があったあたりは昔「東遊郭」という色街だった。
もちろん、東と言うからには広島市内には現在の舟入町あたりに西遊郭もあったんだけど、よくネット上で見かける有名な遺構がなくなってしまったことを知って今回は行かなかった。

そんなわけで歩いてきた東遊郭の跡地。いきなりカフェー建築っぽい建物が登場。

東遊郭の成立は明治28年。
昭和5年の『全国遊廓案内』には、東遊郭は広島市下柳町にあったとの記載がある。
これは、現在の地名で言う「銀山町、橋本町、薬研堀」にあたる。

妓楼約40軒、娼妓は250~260人いたそうである。

実際に遊郭があったのは現在の銀山町、薬研堀の間ぐらいで、その後この地域は「弥生町」として独立。
なので、だいたいこの三町を歩けば当時のエリアを網羅したことになるんじゃないかと思う。

とは言え、原爆投下によって東遊郭は消滅しているので、戦前の建物は皆無。あるとしても戦後のもののみであろう。

料亭のような塀を持つ建物が一軒だけあった。

かなりバイアスがかかっているとは言え、それを差し引いてもなんか転業アパートっぽいなぁと思ったのがこれ。

どうもこのあたりに丸窓を持つ純和風な遺構があったみたいんなんだけど、ストリートビューで探し当てたらすでに更地になってました(涙)

どうりで見なかったわけだ・・。

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薬研堀界隈

薬研堀(やげんぼり)界隈も歩いてみた。隣の流川とともに、広島最大の繁華街、歓楽街となっている薬研堀。
まぁ、夜遊び好きな諸氏には有名な場所ですよね。特殊なお風呂屋さんなんかもあるし。

のっけから年の差が親子ほどもあろうかという男女が歩いてきてそうかそうかと思ってしまった。

すでに手遅れとは言え、年明け早々なんでこんなとこ歩いてんだろう…って思った自分はまだ辛うじてまともな部類に入る・・

わけないか。。

ちなみに、薬研堀、流川界隈はその筋の事務所があってチンピラさんがわんさかいるらしいので、夜カメラ持って一人歩きとかはしないほうが賢明です。

下手したら埋められますよw

さすがにこのあたりまで来ると赤線時代の名残なんてもうないか。

ただ、これはなかなか・・

昭和だねぇ(・∀・)

これもすごかった。昭和30年前後から建ってそうな雰囲気。

ドア上のプレートやステッカーも年代物感がすごい。

そして入口にさりげなくあしらわれたタイル貼り。

これだけ見れたら満足。そろそろ帰るか。

今回は遊ばなかったけど、今度広島に来ることがあれば夜の盛り場にくり出そうかな。時間なくてお好み村しか行けなかったから。

ま、とうぶん来る予定ないけど。

[訪問日:2017年1月3日]


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