白鷺城のお膝元…姫路・梅ヶ枝遊郭跡を訪ねて

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まるでシラサギが羽を広げたかのような優美なその姿から、巷では「白鷺城」と呼ばれている。
そして、天守を持つ城では国内唯一の世界文化遺産である姫路城。

その姫路にあったという遊郭跡を見に来たのは、灼けるような陽射しが照りつける或る真夏の日だった。

姫路から、竹田城のある朝来市へといたる播但線に乗り二駅。
野里という駅で降りた。

駅を出る。あまりの暑さに吐きそうになりながら南へと歩き出す。
目的地は、ここから10分ぐらいのところにあった。

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梅ヶ枝遊郭

『全国遊廓案内』(昭和5年)によれば、貸座敷は11軒、娼妓は96人いたとある。
成立時期は不明だが、野里には陸軍第十師団が置かれていたというので少なくとも成り立ちについてはこれが理由となろう。

現在は陸自の姫路駐屯地となっている。

その場所は、何の変哲もない住宅街となっていた。
行き当たりばったりだったらたどり着けなかったんじゃないか、ぐらいどこにでもある町並み・・の中に、それはあった。

惚れ惚れするような遺構、その1

廃業となったあとは旅館でもやっていたかのような佇まい。
今は普通の一般住宅として使われているようだった。

隣は集会所。こちらもなかなか面白い意匠をしている。

バス通りを渡ると、小さな居酒屋が二軒。

赤線との関連は不明だが、呑みながら話を聞いてみたいと思えるような店だった。

戦後の梅ヶ枝遊郭について、『全国女性街ガイド』(昭和30年)には

18軒。値切れば十時頃から千円でいい

との記載がある。
軒数が増えているあたり、土地柄なこともあってそこそこ繁盛していたのではないだろうか。

指定地の一角に、日吉神社という神社があった。
確証はないが、遊郭と何らかの関連はあったのではないかと思う。

その神社のすぐそばに・・突如現れたのが。

惚れ惚れするような遺構、その2

こちらもまた、妓楼だった頃の名残をよくとどめている。

鬼瓦がなんと招き猫だった。千客万来、商売繁盛の象徴である。
なるほど、ここが栄えたのはこの猫のおかげであろう。

剥き出しの絡み合う情欲が生み出した虚構の愛に身を沈めながら、幾人の男たちがこの地で散っていったのだろうか。
偉大なる先人たちが生々しさの中で生きたこの街に、心からの敬意を払いたい。

そんなことを想った。

それ以外はもう、地名だけが残るまちだった。

数年前までは、もう1軒、「惚れ惚れするような遺構、その3」と紹介できるはずだった大店が残っていたそうであるが、無情にも駐車場となっていた。

いや、あえて関西風に言おう。そこはモータープールとなっていた。

そこには確かに遊里があった。

あと何年かしたら“幻景”となってしまいそうな危うさの中で、辛うじて遊里であったアイデンティティを保ちながら生き延びているまち。

訪問するなら、早いことにこしたことはないと思う。

[訪問日:2017年7月30日]


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