水軍に始まり、船形衆が活躍した塩飽本島、笠島集落。
かつての賑わいを今に伝える美しい町並みが、今なお往時の名残をとどめている。
ところで、なぜ「マッチョ通り」というのか。
それは、船乗りで大工だった塩飽の男衆にマッチョマンが多かったから・・
んなわけはない。
「町通り」が転訛して。
ってのが由来。
マッチョ通りから脇道に入りいい感じの路地を抜けた先が
笠島漁港。
かつて本島の玄関口、塩飽水軍の本拠地として一時代を築いた港である。
目の前には雄大な瀬戸大橋が見える。
ちなみに笠島に集落がつくられたのは、北が海、あとの三方を山に囲まれ敵から守るのに都合がよかったから、という理由。
さらに、集落内部も見通しの利かない細い路地が張り巡らされていてなかなか歩きがいがある。
これらは、中世に笠島城下だった頃の名残だそうな。
ノスタルジックな町並み
笠島集落の一番の見所が笠島まち並み保存センター(真木邸)があるあたり。
虫籠窓や格子の町家建築が迷路のような路地にびっしり立ち並ぶ。
ただただ圧巻(;゚д゚)
そして海辺の集落には必ず猫がいる法則。
しかしずいぶんとお行儀のいい猫だこと。
ご飯をねだってるのか、写真撮り歩いてたらずっとついて来る。
ごめんな~何も持ってないんよ。
あまりに人懐っこいから途中から無視してたら最後はふてくされてどっか行っちゃった。
かまってほしかっただけだったのか・・
時計を見たら正午を過ぎていた。
ここまで散々歩いたし、休憩がてらどっかで昼飯にしよか。
と言っても、離島だけに飲食店は限られるのが常。
入ったのは、東小路の「吾亦紅(われもこう)」さん。
地元作家のギャラリーを併設してる古民家カフェで、イチ押しは野菜カレー。
カレーを食べながらお母さんから本島の歴史やら集落の現状やらお話を聞かせていただきました。
やはりここでも高齢化や空き家問題に直面しているそうです。
最後に、東小路の西側を歩いて港へ戻ることにしよう。
最後の通りは「田中小路」。
昔は三本すべて「町通り」と呼んでたとか。
全部マッチョじゃねーか…
この通りもなかなか趣きがあって良き。
中世の城下町にはじまり、時代とともに水軍、船方、大工が活躍した塩飽本島の笠島集落。
輝きを放った時代の名残は、瀬戸内の離島の片隅で今日も変わらぬ佇まいを見せている。
いい町並みだった。
[訪問日:2018年8月18日]
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