そうだ、軍艦島に行こう!ちょっと古いけど軍艦島上陸記

長崎県
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[はじめに]

ネタが古いのでここで書く気はさらさらなかったのですが、ICOMOSへの勧告で俄然周囲がざわついてきたのを受けて、光の速さで気が変わったので結局書くことにしました。

これから綴る軍艦島上陸記は今から4年前、2011年5月の出来事です。現在は色々変わっていることもあるかと思いますので、斜め読み程度で眺めていただければ幸いです。

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2011年のGW、筆者は長崎港ターミナルにいた。世界遺産の暫定リストに挙げられていた軍艦島へ上陸するためである。
正式に登録が決まるとにわか観光客が急増するから嫌なのだ。同じ理由で石見銀山と富岡製糸場も登録前に訪れている。

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軍艦島上陸ツアーは高島海上交通、やまさ海運、軍艦島コンシェルジュの3社が行っている。このうちやまさ海運を選択。料金は4300円だったような気がする。(現在は4500円)
ちなみに高島海上交通が最も安くてお一人3400円。

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海底炭鉱の島

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出航直後。稲佐山がよく見える。晴天なのになんとなく空が霞んでいるのは黄砂のせいである。

ここで簡単に軍艦島の紹介をば。
正式名称を「端島(はしま)」という、明治時代から海底炭鉱で栄えた島である。1974年(昭和49年)の閉山とともに無人島になるが、ピーク時には人口5千人、実に東京の9倍もの人口密度を有していた、有史に残る産業遺産である。

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女神大橋をくぐる。長崎港から軍艦島への所要時間は30分。ちょうどよい時間の船旅である。
ちなみにやまさ海運さんの場合、上陸コースは午前9時、午後1時の一日二回となるが断然午前をお勧めする。
上陸後、西へ向かって見学するので午前であれば順光になり写真がきれいに撮れる。なんだそんなことか、と思うかもしれないが、逆光だときれいに撮るのが難しいので覚えておくと何かと重宝する。

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そろそろ見えてくるかと思った頃に現れるのがこちらの高島。端島の北東に位置する、こちらも炭鉱として栄えた島。2004年(平成16年)、平成の大合併で長崎市に編入するまでは行政区域は高島町であった。ちなみに端島も高島町の一部であった。

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その直後。端島が見えてきましたよ。
まさに百聞は一見だが、端島が軍艦島と呼ばれた所以は島の形が戦艦「土佐」に似ているからである。

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もうちょっと寄せてみましょうか。
確かに戦艦に見える。これが海戦のさなかであれば、間違えて魚雷が飛んできても文句言えないレベルである。

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いよいよ上陸へ。
長年無人島で廃墟となっていた軍艦島は、2009年4月より一部エリアに限って上陸・見学ができるようになった。
ただし、風や天候によって年間100日ほどは上陸できない日がある。はるばる行って上陸できずに引き返すなんてこともあるのだ。こればかりは運次第である。
ちなみにやまさ海運の公式サイトで年間の運行率・上陸率が公開されている。

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上陸後、最初に目につくのが高台にある3号棟(職員住宅)。
端島は元々、南北320m、東西120mの小島であったが、6度の埋め立てにより3倍の面積にまで拡張された。最終的には南北480m、東西160m、周囲1.2kmの大きさになったが、それでも歩いて15分で一周できるサイズなのだからいかに小さいかがよくわかる。
こんな閉鎖的な空間によく5千人も住んでたなぁ。

(2ページ目へ続く)

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