栄華の名残は何処へ…和歌山『田辺新地』を歩く

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和歌山は大部分が紀伊山地、つまり山だ。
まちは海岸線に沿って点在するので、電車にしろ車にしろ移動にはオーシャンビューが事欠かない。

筆者が和歌山を好きな理由のひとつがここにある。
雄大な車窓風景を愉しみながら南下し、田辺に着いたのは15時を少し回った頃だった。

通過したことはあれど、立ち寄ったのは初めてだと思う。
そんな田辺市は、元々は城下町だった。

目的地はかつて田辺城があったあたり。
そこは会津川の河口に位置し、城の水門が遺っていた。

水門から2~3分も歩けば、この日の目的地にたどり着く。

どう見ても建物がなくなって更地になったとしか思えない路地が絶妙なショートカットになった。
絶対これ正規の行き方じゃないよな・・w

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田辺新地

目の前にばーんと現れた「割烹あしべ本店」。
かつての栄華を今に伝える、紛れもない現役料亭である。

一度でいいからこういうところで忘年会とかやってみたいなぁ。
どれ・・ちょっと失礼。

円窓が素晴らしい。

和歌山と言えばクエですね。幻の高級魚。
このあしべさんではクエ鍋も賞味できるようですよ。

余談だけど、クエって関東じゃほとんど聞かない言葉で、関西来てから知ったんですよね。

 

田辺新地は芸者のまち、いわゆる「花街」で大正9(1920)年に町内に散在していた料亭を集めてできたそうだ。

住所こそ「田辺市上屋敷」(これだっていかにも城下町的で良い)だけど、通称は完全に『田辺新地』になっていて観光案内的なモノにもそう書いてある。

何より、現地の雪洞にこれでもかって言うほど『田辺新地』って書いてある…笑

遊郭じゃなくて花街だったから、ってのもありそうだけど、過去の栄華を誇りにしてるタイプみたい。

さて、そんな田辺新地を歩くとどんな建物が残っているのか。

エリア的には大ざっぱに正方形になっていて、“廓”を連想させなくもない。
まぁ、下調べも何もしてないので実際のところはよくわからない。

雰囲気のある建物がちらほら残っていて、街並みにその面影をとどめている。

寿司屋があるのも花街だった名残かなぁ…と言う印象。

これなんで撮ったんだっけ?

あんまから「ぱんま」を連想したからだったかも・・w(アホ)

(2ページ目へ続く)

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