約1ヶ月に渡って書いてきた沖縄の社交街シリーズも、いよいよ最終章となる。
沖縄滞在4日間の大トリを飾ることになったのが、那覇随一の盛り場として長きに渡り君臨し続けた「桜坂社交街」である。
桜坂通り
社交街へ向かうために桜坂通りを上っていく。牧志公設市場の一本東側の路地にその入口は存在する。
戦後闇市から始まった牧志公設市場。そこを基点として、牧志地区は商業の中心地へと発展していくことになる。
現在では那覇の顔を国際通りに譲ってしまっているが、その南側に広がるうらぶれた町並みたちがかつての主役であった。
桜坂を上り始めると、年季の入りまくった一軒家が目についた。自身の長寿を誇る老爺の姿にも似たその佇まいに、畏敬の念を払わずに通り抜けることはやや礼儀に欠ける行為に値するとさえ思えてしまう。
平識商店
坂の途中にある、桜坂通り一の有名店「平識商店」。
1950年頃にオープンした、通りに活気があった頃を知る最後の店である。
ほぼ年中無休でこの店を切り盛りしている名物おばあちゃん。
名物は、40年来作り続けているハンバーガー150円。開いていなかったのがまことに残念であった。
※平識商店は2016年に閉店しました
平識商店の向かいには、ハイアットリージェンシー那覇が絶賛建設中なのであった。(今年7月にオープン)
戦後から、60年以上に渡り地元民に愛され続ける個人商店の目の前に、近代の象徴とも言える超高級高層ホテルが建つ光景。
なんという皮肉さであろうか。この、南東にそびえる白い壁が陽光を遮ってしまうのではないかと心配である。
その少し先、右手には「桜坂劇場」という小ぎれいな映画館があった。
芝居小屋が発祥というこの映画館は、「桜坂琉映館」⇒「シネコン琉映」⇒「桜坂劇場」と時代の波とともにみたびその呼び名を変えてきたという。
さびれゆく元盛り場において、新たな文化発信の拠点として大いなる期待を背負って日々映画を上映しているそうである。
これからの頑張りに大いに期待したいところである。
桜坂通りを上り切ると、桜坂中通りと交差する四ツ辻へ出る。
ここから中通りの右手方向一帯に、桜坂社交街が広がっている。
桜坂社交街の最盛期は1960年代と言うから、今や遠い昔である。ご覧のように、通りに面した場所でさえ昔日の面影を失くしてしまった姿が見られる。
うわああぁこれはひどい。
ちなみにこの桜坂中通りは先年、大規模な道路建設工事の果てに前回の「神里原社交街」で歩いた神原大通りと直結している。
そしてこの新しい大通りにお目見えしたのが先述したハイアットリージェンシーなのである。
通りの向かい側で再開発という魔物が蠢く傍ら、かつての夢の跡はその渋い痕跡を今なお保っていた。
桜坂社交街はまだ死んではいないのである。
(2ページ目へ続く)
コメント
そもそも「社交街」という名称からして
レトロ感がありますね。
昔は~では済まされない、大人の世界を感じます。
21世紀を迎えてから、男くさいものとか汚らしい物、場所が、
どんどん失われていますね。
少しでも風潮から外れると叩かれる世の中なのかな?
大人の男がうろつける場所が少なくなりましたね。
私自身はお酒呑めないので、繁華街をうろつくことは無いのですが。
「御宿 紀ノ国屋」、、、いいな~!泊ってみたい。
確かにそうですね~。人と人とのつながりが今とはずいぶん違う意味を持ってた時代なのかな、って気がします。
科学技術が進歩したのはいいんですが、キレイで画一的なモノばかり増えてもやはりつまらないと思いますね。
昭和の名残を見れる最後の世代として、これからも色々な場所に足を運んでいきたいです。
紀ノ国屋。沖縄を訪れた際には是非!