ノスタルジックなベンガラの里「吹屋」を訪ねて ~紅に染まったあの街で~

岡山県の山あいに、かつて「ベンガラ」の産地として全国のシェア、そのほぼすべてを手中に収めた小さな鉱山町があった。

「吹屋」という町である。

“奇跡の集落”として長年君臨し続けた勝者の歴史は、今なお残る見事な町並みにその一端を垣間見ることができる。

ベンガラ屋

JR伯備線の備中高梁駅からバスに揺られること約1時間。
長い道中、単調な景色と暖房の魔力になすすべもなく屈し、ほぼほぼ爆睡していた。

だがバスを降りた瞬間、目が覚めた。

 

…寒い。

ただただ寒い。

 

吹屋は標高550mの山中にある。現実に横っ面をはたかれた気分だった。

厚い雲に覆われ、時折雨がぱらつくような空だった。

あー、これ雪に変わるかもなぁ・・

参ったな。

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吹屋の歴史

古くは平安時代に発見されたとされる銅山で、江戸中期頃から幕府の天領として発展が始まった。

転機は思わぬところから転がりこんできた。

鉱山の捨て石からたまたま発見された鉄鉱石がベンガラの原料になることがわかり、研究者を招いて量産に成功。これがこの町の栄光の始まりとなった。

そして、江戸末期から明治にかけて、国内唯一のベンガラの一大産地として圧倒的な成功を収め、巨万の富を築いた。

元高級旅館の大河家(明治後期)

周囲に何もない山の中に、ベンガラ色をまとった赤い町並みが忽然と姿を現す。
まるで幻でも見せられているかのような現実離れした光景。それこそが、吹屋が紡いできた繁栄の歴史に他ならない。

藤森食堂

現在は「吹屋ふるさと村」と言う名で、よく整備された観光名所になっている。
ただ、冒頭で提起した通り、お世辞にもアクセスが良いとは言えない。

というか、悪い。

ベンガラ色の町並み

赤褐色の石州瓦を持つ町並みは、大森倉吉がそうであったように中国地方ではよく見られる。
だが、壁や格子までもがベンガラ色をした“赤い町並み”は、日本広しと言えどもおそらく吹屋以外ないのではないかと思う。

それほど個性が際立っており、独特の雰囲気を醸し出している。

旧片山家住宅(江戸後期)

宝暦9(1759)年の創業から220余年、一貫してベンガラ製造と販売を手がけてきた老舗の旧片山家。

郷土館

明治12(1879)年、5年の歳月をかけて完成した「吹屋ふるさと村郷土館」は入母屋造りの商家。

吹屋の町並みはエリアごとに町名が異なっており、最初に歩いた「藤森食堂」から西側にあたる端っこが「千枚」と言う地区。

今歩いてるのがメインストリートの「中町」地区。
300mほどの距離に、馬鹿でかい商家が立ち並ぶもっとも華やかな通りである。

建物の特徴としては、石州瓦の切妻屋根を基調として、格子のあるものが多い。
平入り、妻入りが程よく混在したハイブリッドな町並みになっている。

長尾醤油・酒店

文政9(1826)年創業の長尾醤油。

桶を利用したディスプレイが可愛い。

散策は始まったばかりである。まだまだ見どころは多い。

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