昨夏、久しぶりに御殿場に足を運ぶ機会があり、兼ねてから行きたかった赤線跡『新天地』を歩いてきた。
御殿場駅の西北、歩き方にもよるが5~10分もあればたどり着けそうなぐらいの距離に位置する。
訪問に先立ち、現地の場所を確認してみたら国道246号と138号それぞれの中間地点ぐらいだった。
こんなところにあったのか。一体過去に何度この近くを走ったと思ってるのか…。
近くにクルマを停め、脇道然とした路地に分け入ると紛うことなき色街が顔を出した。
完全に不意打ちだった。
新天地の成り立ち
『新天地』と呼ばれるこの色街がどのようにして成立したのかについてはあまり要領を得ない。
だが、聞きかじった情報はストンと腹に落ちた。
御殿場と言えば、いや、御殿場を含む小山町や裾野市にまたがる富士山麓一帯には陸自の東富士演習場がある。(さらには富士吉田と山中湖村にまたがる北富士演習場もある)
このエリアを走るとしょっちゅう自衛隊車両に出会うし、しばしば訓練の銃声を聞くこともある。
以前真夏に富士山麓でキャンプをしたときには運悪く「富士総合火力演習」の日に当たってしまい、早朝からヘリの爆音で叩き起こされた。
自らの経験によって、御殿場 = 自衛隊 という概念が深く刷り込まれていることをまず断っておく。
この東富士演習場は、戦後、米軍の進駐によって「米軍東富士演習場」となった歴史がある。(今でも一部は海兵隊のキャンプ富士として残っている)
もうおわかりだろう。
ここは、進駐軍御用達の赤線として発展したというのだ。
それを聞いたとき、なるほど…とスッと腑に落ちた。
同時に、“色”はだいぶ薄まっているもののどこかワイザツな雰囲気が残る理由もよくわかった。
駅近なこともあって、今も盛り場として十分やっていけるのだろうといった印象を受ける。
旧態依然の雰囲気を良好に残していそうに見えるが、やはり近年姿を消した建物もあるようで、その代表格とも言えるのが…
ここから見える更地には、かつて”THE カフエー建築”とも言うべきモダンな建物があった。
残念ながらごそっと一気に持っていかれてしまったようだ。
しかしそれよりも深刻なのが、デザイン性の高さにおいては唯一無二とも言える富士山マークの鑑札、それも「バー」が貼ってあったドアには、無情にも円形の痕跡が残るのみであった。
これ、誰か持って行ったんじゃないのか…
すぐ横には、「OK横丁」と書かれた素敵空間が建物内部に伸びていた。
と言っても廃路地のような雰囲気だった。
どう見てもOKじゃなさそうだ。
(2ページ目へ続く)
コメント
進駐軍の・・・と聞くと、♪Mama do you remember〜 母さん、僕のあの帽子どうしたんでしょうねが、思い浮かぶのは私だけでしょうか。あの映画では、横須賀の赤線地帯が舞台になっているのですが。でも、ここでもひょっとしたら映画のようなドラマがあったかもしれませんね。勉強不足ですが、人間の証明の歌は、西條八十(やそと読みます)氏の僕の帽子を英訳した歌だと大人になってから知りました。
なかなか不勉強でして、その映画初めて知りました。
ロケ地を調べてみると、横須賀の若松町あたりで撮影が行われたとありますね。
興味が湧いてきたので、今度観てみようかと思います。