がっかりなんて言わせない。長崎「オランダ坂」はロマンティックな異国への入口だった!

誰が言い出したか知らぬが、我が国には「日本三大がっかり名所」なる不名誉極まりない称号がある。

札幌時計台、高知のはりまや橋、そして長崎のオランダ坂だ。

期待値と現実のギャップがあまりに乖離していると言いたいのだろうが、そんなこと言われると逆に行きたくなるのが“人の性”である。

そんなわけで全部見てきた自分に言わせると、時計台とはりまや橋についてはわからなくもない。
ただ長崎のオランダ坂だけは「名付けたやつ出てこい!」と一喝したくなるほど“がっかり”とは程遠かった。

今日は、そんなオランダ坂がある場所の話をしようと思う。

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オランダ坂はどこにある?

オランダ坂があるのは長崎市の東山手。
出島や新地中華街からもほど近い、海岸通りから少しだけ山の手に入ったエリアである。

 

坂道に沿って広がるこのエリアの歴史は、江戸時代末期まで遡る。
1854年に下田と箱館を開港し、200年以上も続いた鎖国政策が幕を閉じたその4年後の日米修好通商条約によって長崎は開港された。

これにより外国人居留地が設置され、そのうち大浦川右岸の一角に整備されたのが通称「領事館の丘」と呼ばれる、現在の東山手地区だ。

 

※長崎は元々出島でのみ中国、オランダとの貿易が許されていたので「開港」はやや語弊がある…気がする

そんなわけで、オランダ坂を歩くと多くの洋風建築を目にすることができる。
これは活水女子大学の国際交流センター。

石畳が敷かれ、エキゾチックな雰囲気が漂うオランダ坂。
これをがっかりとか言う奴は頭がおかしいんじゃないか…。

ちなみに名の由来は、出島にオランダ人がいた影響で、この地を歩いた欧米諸国の人をみんな「オランダさん」と呼んでいたからだそうで。(あまりに雑すぎて閉口しそうになったw)

さて、そんな東山手地区は1991年にカテゴリー「港町」で重伝建に選定。
保存地区内には、全部で19軒の伝統的建造物がある。

北側から来ると一番最初に目につくのが「東山手甲十三番館」。
瀟洒な木造洋館はフランス代理領事の住居だった建物だ。

ここは無料で開放されているので気軽に見学できる。

元々は明治後期に建てられたフランス領事館で、昭和中期までの一時期を代理領事の私邸として利用されていた。

近年になって、市が取得して改修したそうだ。

中はほとんどの部分が見学可能。

一室がカフェとして営業している。
本物の洋館で優雅なカフェタイムでもいかが。

二階に上がる。
パイプ椅子が謎い。せっかくの雰囲気が台無しでした。。

ベランダに出てみる。やーいい眺めだ。

続いては、すぐそばに建つ「東山手十二番館」。

1868(明治元)年に建てられた、元ロシア領事館。
後にアメリカ領事館や宣教師の住宅などに使用された。

東山手に現存する洋館では最古のものとなる。

ここも市が維持管理しており、現在は「旧居留地私学歴史資料館」として無料開放されている。
東山手甲十三番館と併せて見て行こう。

平屋の十二番館は、3つの大部屋で構成されている。
各部屋は、領事館時代は客間や事務室に使われていたそうだ。

後半は、もうひとつの見所である「東山手洋風住宅群」を紹介したい。

(2ページ目へ続く)