アーケードはなくなれど。玉島「銀座商店街」

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下津井の話でも書いたが、倉敷市の玉島はもともと行政上は玉島市と言って昭和42年に合併により倉敷市の一部となった。

繁栄の歴史、風待ちの港を訪ねて ~下津井という街があった~
岡山を出発した快速マリンライナーは、児島半島を縦断し、鷲羽山をかすめながら瀬戸内海へと滑り込んで行く。四国入りを果たす数多の手段の中で、最も気分が高揚する瞬間である。10kmにも及ぶ瀬戸大橋を渡り...

もっと遡ってみると、中世の頃は瀬戸内海に点在する小さな島々だった。
江戸時代に干拓が進められて少しずつ陸地化して行き、戦後は市街化が進み今の姿になったそうだ。

通町商店街の前を流れる溜川を渡った先の広場に、歴史を記した案内板と灯籠が建っていた。

溜川は高瀬舟が往来し、玉島港は北前船の寄港地となった。
備中松山藩の外港として、商家や蔵が立ち並んだ玉島のまちは栄華を誇ることになっていったということだが・・

江戸の面影を残すまちはちょっと脇に置いといて、今回も昭和の名残を見て行こうと思う。

通町商店街から見たら川向こうにあたる『銀座商店街』である。

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消えたアーケード

先ほどの広場の先からアーケードが始まっていた銀座商店街。
アーケードは2015年に撤去されており、既に商店街だったことすら忘れてしまったかのような通りで異彩を放っていたのが「玉島郵便局跡」と書かれたこの建物。

明治四年玉島郵便局取扱所が岡山県内二番目に岡山の次に設置され逓信省に為替貯金の取扱が行われるようになり、この地に移転した。

とあるが、イラストとずいぶん違うのでこの建物が元郵便局だったわけではなさそう。

ただね。
この素晴らしい建物、、

去年解体されちゃったみたい。。涙

通町商店街といい、なんなんこの解体ラッシュは。。

 

まぁ、落ち込んでてもしょうがないので先へ進みませう。
かつてのアーケードはそこを直角に曲がり、北へと進路を変える。

ささや雑貨店の奇蹟。

その先でY字路と出会う。

これが西方面。

こっちが東方面。
正直、ここにアーケードがあったなんて言われてもわからないほどに痕跡がなくなってしまっている。

アーケードがないと日向ぼっこできて気持ちいいニャ~(=^・^=)

Y字路から西へ。

おしゃれの店、シントヲ。

外観がホントお洒落です。

この銀座商店街は、玉島では通町商店街の次に古い商店街なんだとか。
かつては玉島港から四国への船便も出ていたりして、商店街も相当賑わっていたそうだ。

あ。料理店の鑑札見っけ。

シントヲさんの駐車場になってるけどこの建物も渋いなぁ。

残念ながら・・全滅のようです。

ピンクの建物が銀座商店街になるのかな?
なるほど、玉島郵便局跡のあの建物、旅館(春乃家旅館)だったんだね。

で、最初のY字を東へ行くと「羽黒神社」がある。

ここが海だった頃、この神社がある小高い山は「阿弥陀島」と言う島だった。
これが古来「玉島」と呼ばれていたことが、地名の由来になっているそうだ。

ちなみに、玉島の商店街は全部で6本あって位置的には羽黒神社から放射状に伸びる格好になっている。

羽黒神社の前から通町商店街の前まで続く短い商店街が「港町商店街」。

2011年頃廃業した銭湯、みなと湯さんの建物は健在だった。

もうひとつ、ちゃんとアーケードが残る「清心町商店街」という商店街があるんだけど、リサーチしてなかったせいで見逃してしまった。

次回は、玉島に残る江戸の面影を探して歩いてみようと思う。

[訪問日:2021年5月1日]


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