明治時代に建てられた元遊郭の転業旅館、八戸の『新むつ旅館』に泊まってきた

築120年、八戸にある元遊郭の「新むつ旅館」。
前編ではざっとさわりだけ触れてきたが、ここではもう少し掘り下げて書いていくことにする。

外観を見る

女将さんは元々東京の方で、旦那さんの実家の稼業が貸座敷だとは八戸に来るまで知らなかったんだとか。「な～んか格子が遊郭っぽいんだよな～まさかな～」なんて思ったと茶目っ気たっぷりに話されていたのが印象的だった。

新むつ旅館は、貸座敷時代の屋号は「新陸奥楼」。何人くらいいたのか尋ねたら、芸妓二人の娼妓三人だったとの回答。
芸娼妓混合だったようですね。この人数だと貸座敷にしては結構小規模だったんではないかと。

この新陸奥楼改め新むつ旅館は、平成19年（2007年）に国の登録有形文化財に指定されている。

特徴的なのが、この鼻隠しの意匠。七宝（しっぽう）と言うらしい。
花びらのような形をした部分のことです。

そうは言ってもそこは御年120歳を迎える老境入りした建物。
見えないところにもあちこち傷みが来ているようで、昨年大規模な改修工事が施されたようである。

玄関先には工事の様子を伝える写真が掲示してあった。

そこにあったコレ。なんと明治30年代頃の配線機材なんだとか。

こっちは、屋根の葺き替えで撤去された「柾葺き屋根」の実物。
柾葺きとは、柾目の木材を割って薄い板状に加工したものを積み重ねて釘打ちしたもの、だとか。
今回の工事で鉄板に葺き替えたそうです。

再度中へお邪魔します

あれ？そう言えばアレってなくなったの？
と思ってる方が何人かいそうな気がしますが、ご安心ください。

ちゃんとあります。

それがこの明治時代の「遊客帳」、大正時代の「遊客名簿」。
以前は各部屋に置いてあったようであるが、どうも盗難があったようで一階の居間で見せてもらった。

そこにはいついつ誰が来て、敵娼（相方）は誰だったか、というのが事細かに記載されている。身体の特徴なんかも書いてあるのは、警察が犯罪者を探す時の手がかりにするため。
金品を盗んで遊郭に来る・・とか当時はよくあったんでしょうかね。

これだけの貴重な資料をちゃんと残そうと思って専門業者にコピーを頼むと、一冊30万くらいするとか・・

遊客名簿は部屋から撤去されども、どこの部屋だったかな？、当時の写真が無造作に置かれていたので拝見させてもらった。

宿のご主人が川村さんなので、察するに初代楼主の娘さんのような気がする。
さすがに当時は当然のように和服です。

これはなんだろう。芸妓と半玉かと思ったけど子供もいれば男の子もいるな。
近所の人たちだろうか。

土蔵に残されていたという木簡？に、明治時代当時の貸座敷の遊興費や花代が書かれていた。飲食の料金も記されている。これは凄い。。貴重すぎる。

鶴の釘隠し。細かいところに目を配れば、当時としてはかなりの贅を尽くした建物であることが随所に見て取れる。

階段の手すりはコウモリの紋様。匠の技が光る。

とっておきのものを見せてもらいました

翌朝、チェックアウト前に女将さんからとっておきのものを見せてもらった。

それがこれ。昭和初期の小中野界隈の地図。
食事のときに、自分が全国の遊郭跡を訪ね歩いてることと、このあと小中野遊郭跡を散策することを話したらこんな好意に預かってしまった。感謝。

赤く囲ったのが新陸奥楼。向かいの家は戦時中に建物疎開で壊されたそうなので、この資料は戦前のものということになろうか。

最後に

大正14年の小中野大火では隣の家まで焼けたそうである。
戦局や度重なる災禍を乗り越え、100年前の紅灯街の栄華を今に伝える、ただ一人残された生き証人が他ならぬ「新むつ旅館」である。

建築的な価値や元遊郭という物珍しさもあるが、長く重い歴史を背負いながら今日も超然とした姿でどこかの旅人を迎える。

優しい女将さんと、そんなすごい建物に出会えるのは「新むつ旅館」以外にはおそらくないであろう。
いつまでも頑張ってもらいたいと心から応援する次第である。

新むつ旅館

青森県八戸市小中野6-20-18
0178-22-1736

八戸線「小中野駅」から徒歩10分
東北自動車道「八戸IC」から車で20分