おちょろ舟の里「御手洗」を訪ねて ~風待ちの港に遊女の幻影を見た~

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江戸時代の港町、御手洗。栄華の名残は、200年の時を超えても燦然と輝いていた。
ここから後編。

江戸時代に船宿として使われていた、三軒長屋の建物。

普段はここで、“御手洗最後の船大工”と言われるおじいちゃんがミニチュアのおちょろ舟や北前船を作っているらしい。何でも、台風で商売道具一式流されて船大工を辞めたことがきっかけなんだとか。

いくらかわからないけど、その模型は売ってくれるみたいですよ。興味のある方は是非お立ち寄りあれ。

海沿いからふたたび路地裏へ。

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足長小学生?

無駄に足が長い小学生のスクールゾーン標識。

これ見たとき、一瞬時をかける少女かと思った。

横のお寺には立派な鐘つき堂。

何これ。ちょっとかっこいい。

そしてなまこ壁の屋敷。明治初期の建物。
なまこが二階の一部だけなんすね。なかなかスタイリッシュ。

御手洗ぶしの石碑。

七卿落遺跡(しちきょうおちいせき)。
幕末史には疎いのでよく知らんのですが、倒幕を企てた7人の公卿が京から追放された際に立ち寄った場所だそうです。その事件を「七卿落ち」と言うそうな。

なんか七人の侍みたいだな・・

大正時代に建てられた「越智医院跡」。

長年空き家だったこの建物、なんとクラウドファンディングで資金を募り、今年の3月からゲストハウスに生まれ変わったそうな。

洋館の前に建つのが、元薩摩藩の船宿「脇屋家」。
建てられたのは幕末、文政年間。今も当時のままの姿を保っている。

ちなみに現在は雑貨屋さん。

乙女座跡

元映画館の乙女座。戦前、昭和12年に建てられ30年代まで映画館として使われていたらしい。

その後が面白くて、なんとみかんの選果場に・・
ここで農家さんがみかんの選別をしてる姿はちょっとシュールすぎる。

その後、やっぱり劇場として使おう!ってことになって、今はまた劇場に。

何もないときは中を見学できるみたい。200円で。

元文具店か書店と思われる「村尾昌文堂」さん。たぶん戦前のものであろう看板建築が素敵。
店先に、「国定教科書取次販売所」と書かれた戦前の看板がある。

今はお土産屋さんのようですね。

その先に、ひときわ目につく赤い時計。
ちなみにハリボテですこれw

その時計屋さん、なんと創業が1858(安政5)年。
ここが風待ち港だった頃からやってるんですね・・

そしてご主人はかなり凄腕の、有名な時計職人だそうです。

ちょっとペース配分を間違えて息切れしてしまったので、後編は脱力モードでお届けしました。

江戸時代の風待ち・潮待ち港。そして、おちょろ舟発祥の地、御手洗。
丘の上のおいらん公園には遊女の墓も残っているそうな。←知らなかったので行ってないw

広島や呉からだと車がないとちょっとしんどいけど、竹原からフェリーでも行けるので興味のある方は是非とも足を運んでみてください。

いいところでした、ホント。

[訪問日:2017年1月2日]

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コメント

  1. maru より:

    そうそう、その時計屋さん
    機械式時計の修理で有名ですね。
    海外からも修理が持ち込まれるようです。
    部品のストックも凄いとか
    現在は息子さん?かな
    跡取りも修行中とか聞きました。

    • mast-mo より:

      さすがよくご存知ですね。
      そんなにすごいところだと知ってたら寄ることも考えたんですけど、、まぁ年末年始だったんでそもそもお休みでしたが^^;