かつて風待ち・潮待ち港として栄え、歓楽街が作られた大崎上島、木江港。
栄華の名残を訪ねてやって来たそこで見たものは、あまりに無残な現実だった。
軽がやっと通れるぐらいの道幅。両側には遊郭時代の建物が手つかずで残る。
三層楼の鬼瓦は鯉。そして手すりにはハートの意匠。
“鯉”と“恋”をかけたのだろうか。いや、鯉のぼり、商売繁盛という連想のほうがまだ幾分現実的か。
おそらく転業旅館と思われる建物もすでに廃墟だった。売春防止法から60年。
流れた歳月を思えば、目の前の光景は極めて妥当なのかもしれない。
「CAFE RUMI」と書かれた洋風建築。これが今回どうしても見たかった遺構のひとつ。
まだ残っていてよかった。
昔はバーだったようで。
当たり前のことであるが、この通りにも人が溢れていた時代があったのである。
一体どうすればその頃の情景を思い浮かべることができるのだろうか。
他の方が書いたレポートを読んでいてわかったのが、どうもこの通りには紅白の壁を持つカフェー風の建物があったようで、行ったときにはすでになくなっていたようだった。
また、港の入口には「徳森旅館」という木造5階建ての木江のシンボルが建っていたがこちらも惜しまれながら2013年に解体。
再開発とは無縁な島とは言え、やはり少しずつ古いものは消えて行く。そこに暮らす人がいる以上、こればかりはしょうがないことである。
曲がりなりにも「古い街並み」としてPRされている遊郭跡の遺構たちが消滅するのはあまり考えられないけど、そのどれもがすでに“末期”であることはこの目で見たことでよくわかった。
潮待ち港の遊郭は、戦後は赤線として造船業に携わる男たちの欲望を受け止めたのだろう。
その栄華はすでに過去の遺物となっていた。訪れるなら早目に、そして是非御手洗とセットで足を運んでほしいと思う。
あまりにも散策が早く終わってしまったので、ちょうど来たバスで明石港まで行き、明石~小長を結ぶ「低速おちょろ舟」で帰った。
カーフェリーなのでマイカーの方はこちらになるかと。
さらば木江・天満遊郭。そして大崎上島。
世にも珍しい海上遊郭、おちょろ舟。ほんの70年ぐらい前には見ることのできた風景である。
是非、現地に足を運びその歴史を肌で感じてほしいと思う。
[訪問日:2017年1月2日]
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