若狭鯖街道『熊川宿』~宿場町風情と葛まんじゅうに癒される~

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

若狭街道。通称、鯖街道。

若狭の鯖を京に運んだその街道の中継地として賑わったのが、福井県にある『熊川宿』。
1996年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されたまちなみは宿場町の名残を今なおよくとどめており、福井を代表する観光名所となっている。

スポンサーリンク
広告336×280

「熊川宿」基本スペック

最盛期には1日約1000頭の牛馬が行き交った

鯖街道

古代、若狭は御食国(みけつくに、朝廷に食料を献上していた地)のひとつだったことで、京への街道が敷かれていた。
18世紀後半頃からは大量の鯖が運ばれるようになり、これが若狭街道が「鯖街道」と呼ばれる所以になる。
鯖が京に着く頃には塩加減がいい感じになったそうで、都では大変重宝されたとか。

熊川宿の歴史

1589(天正17)年、若狭領主の浅野長政が交通、軍事ともに重要な場所となることから熊川を宿場町にした。
それまでは40戸ほどの寒村に過ぎなかった熊川は、一気に200戸を超えるまちになり、そこから長らく繁栄を続ける歴史が始まった。

アクセス

一体どの辺が重要な拠点だったのかと全力でツッコみたくなるほど、熊川宿は山の中にある。残念ながらアクセスは良いとは言えない。

小浜線の上中駅からバスで10分、または湖西線の近江今津駅からバスで30分。
たぶん京阪神の方であれば後者になると思う。

車の場合は、大津から国道161号線をえっちらおっちら上っていくことになる。途中から367号(いわゆる鯖街道)を使うのもありだけど、距離は大津から70kmぐらい。ちょっと遠い。

まちなみを見る

下ノ町(しもんちょ)

たまたま西側から入ったので、下ノ町(しもんちょ)から見て行くことになった。
京都側が「上」になるので、これは覚えやすいと思う。

東の入口には道の駅があり、逆側から来た場合はここに車を停めて歩くことになる。
まぁ、結局往復しなきゃいけないので好きなほうから行けばよいかと。

熊川宿は「下ノ町」「中ノ町」「上ノ町」に分かれていて、長さは1kmちょっと。普通に歩けば15~20分と言ったところ。

道の駅もあるし、店もそれなりにあって食事や買い物には困らなそうな感じだった。夕方遅い時間に行くと閉まってるかもしれないのでそこだけご注意を。

鯖街道だけに、グルメはやっぱり鯖を食べたいところ。鯖寿司やへしこ(塩を振って糠漬けした若狭地方の伝統食)がオススメ。

熊川宿のシンボリックな景観に、この「前川」がある。水が豊富で流れの速いこの水路が、全体のまちなみをもう一段美しく見せることに一役買っている。
ちなみに、平成の名水百選にも選ばれている。

下ノ町のまちなみ。
背後の山々が借景となった、青空に映える伝統的建造物群。
妻籠宿奈良井宿を思わせる。

下ノ町の終わりは「まがり」と呼ばれる直角の路地になっている。いわゆる枡形のこと。

というわけで、次は中ノ町。

中ノ町

一番店が多くて活気があるのが中ノ町。
どうでもいいけど、「なかんちょ」とか絶対読める人いない。

中ノ町入口付近。

荻野家住宅

主屋は江戸時代、文化8(1811)年頃と言われている。
…200年超えとる(´・ω・`)

ここらで建物の話をすると、江戸時代のものが全体の3分の1。明治から昭和初期のものも3分の1残っている。

平入の町家

平入と妻入は混在しており、古い町家はこのように厨子二階。新しいのは本二階のものもある。

要するに統一感はあまりない。

真壁造り

二階の壁に柱が見えてるこういうのを「真壁造り」と言って、逆に柱を隠してしまうのが「塗籠造り」。熊川宿では両方見られる。

左側に見えるのが妻入。屋根の三角形が見えるタイプ。
妻入は短いほう、平入は長いほう。なので

妻は短気と覚えてください(笑)

こちらが塗籠造りですね。柱が見えません。

ローアングルで。前川と熊川宿。
今回一番よく撮れたかなーと思う渾身の一枚。

中ノ町を歩いてて、ひときわ目につきやすいのがこちらの「宿場館」。
旧熊川村役場の建物で、昭和15年に建てられたもの。

平成10年から若狭鯖街道資料館として公開されている。

こちらは「まる志ん」。キャッチコピーは

こだわりの鯖寿司とできたての葛料理が味わえる店

鯖だけかと思いきや、実は若狭は「葛」も特産品。そのため熊川宿ではくず餅や葛まんじゅうを扱ってるお店が多い。

食事は鯖、デザートは葛

たぶん、これ以外の選択肢はないと言っても過言ではない。どちらも嫌いな方は残念ですが諦めてください。

いやー、しかし長いな中ノ町。結局、ほとんどの見どころがここに集まってるので仕方ないわけなんですが。

上ノ町

最後。上ノ町(かみんちょ)。

ここまで来るとほとんど見るものがなくて、

この崩れ落ちた瓦礫の山ぐらい。

というのは冗談で

この「熊川番所」跡。
「入り鉄砲に出女」の統制と、物資への課税が行われいた場所で、宿場内にこうして復原されたのは全国でも珍しいとのこと。

中ノ町と上ノ町の狭間に建つのがこちらの「旧逸見勘兵衛家住宅」。
伊藤忠商事二代目社長、伊藤竹之助の生家で江戸末期の造り酒屋の建物。

今はリニューアルされ、勘兵衛茶屋という喫茶になっている。

以上でまちなみ紹介は終わるんですが、最後に葛まんじゅう食べて行きました。

葛まんじゅう

表面はぷるぷる、中は上質なあんこで見た目も舌触りも最高な逸品でした。

口直しが塩昆布というのも渋くてなかなか。

ちなみにどこの店入ったかはきれいさっぱり忘れました(笑)

鯖街道の宿場町、熊川宿。
美しい歴史的まちなみと鯖寿司、そして葛まんじゅう。

ほとんど観光地化してる感も否めないけど、往時の雰囲気はまだまだ健在で、十分楽しめる場所だと思います。

商人が鯖を運んだ遠い昔に想いを馳せながら、旧街道を歩いてみてはいかがだろう。

[訪問日:2017年5月4日]


スポンサーリンク
広告336×280
広告336×280

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする