愛知県には離島がある。
うむ、「セントレア」・・と喉から出かかった言葉をすんでのところで飲み込んだ。
空港の話をするようなブログではないことは、一応8年もやってるのでギリギリ理解しているつもりである。
そもそもそれ人工島やっちゅーねん…
三河湾に浮かぶ、通称『愛知三島』と呼ばれる3つの有人離島が愛知にはある。
“島旅沼”にはまった2020年。最後の締めくくりとして、まずは13島目となる篠島へ赴いた。
知多半島と渥美半島に挟み込まれた三河湾、そのほぼ中央に篠島はある。
早起きもしんどいので夜のうちに知多半島の先っぽまで移動しておき、意気揚々と朝8時に師崎港に到着した。早起きは三文の徳である。
・・はずだった。
現地へ行くと、まさかの
駐車場満車!!
入庫待ちの車列を恨めしそうに睨みつけながら、徒歩5分ほど戻ったみやげ屋にクルマを預けた。
みんな朝早すぎだろ・・
ちなみになぜこんなに混んでいたかと言うと、その日がGoToトラベルの最終日で駆け込み需要が相当あったからだろうと思う。
にんげんだもの。みんな思考回路は同じなのだ。
8時45分発の高速船に乗り込み、わずか10分の船旅の果てに篠島に到着した。
初めて訪れた島に上陸する瞬間のワクワク感は、どれだけ回数を重ねてもやはり色褪せないものである。
しかもこの日は今日から年末休み、天気も最高とあって気分は最高潮だった。
上陸すると、目の前には待合所や売店、観光案内所を兼ねた施設「島の駅」。
そして、巨大な鯛のハリボテが目につく。
篠島は古くから伊勢神宮に神饌物として鯛の干物を献上していた。
これを「御幣鯛(おんべ鯛)」と言う。今や島のキャッチコピーにもなっているパワーワードなので是非覚えておいてほしい。
篠島は南北に長い島で、フェリー乗り場は島の北西にある。
この島の北部は埋め立て地で、「小磯島」「中手島」というふたつの小島を取り込むように陸続きにしてしまったという歴史がある。
後年造成されたこのエリアは、実に整然とした街区に新しめの民家や民宿が立ち並んでいる。
時折古そうな民家があるにはあるが、もはや見どころなんてあってないようなものである。
先へ進もう。
島の中部、すなわち埋め立てる前の北部に古い集落がある。
典型的な起伏に富んだ漁村集落が残る、篠島の真髄とも呼べるエリアだ。
というわけで、本当に面白いのはこれからである。
求めていた景色がそこにはあった
いきなり、廃業した木造3階建ての旅館が現れて度肝を抜かれた。
この島にとっては挨拶代わりのつもりなのだろうが、大打撃。まさに痛恨の一撃である。
廃旅館の門をくぐると階段になっていた。途中まで上ってみるとこの通り。
北部のニュータウンから来ると本当にエライ変わりようだ…。
同じ島とは思えない。
ちなみに、5枚ほど上の漁港っぽい写真。1988年まではここに船着き場があったと言う。
そこから読み取れるのは、船着き場が移動し、島の中心ではなくなり、徐々に衰退していったのであろう事実だけである。
結果的に集落とともに古い建物も残ったと思えば、それだけで大いに意味があったと言えるのだろう。
まちの価値は、何をつくったかではなく何を残したかで決まると思うからだ。
久しぶりに心底ワクワクする漁村集落だった。
いや、噂には聞いていたが想像をはるかに凌駕していた。
篠島の家々は実にカラフルだった。
これについては耐候性とか個性を出すためとか諸説あるようだ。
家々が密集して似たような路地ばかりでも、確かにこれなら一発で自分の家を見分けられる気がする。
伊勢神宮にゆかりのある神明神社。
神宮の式年遷宮の際には、古材を譲り受けて社殿を建て替えるという。
傾斜を埋めるために石垣を利用している。
両端で高さが違うのが面白い。
島の東側は「サンサンビーチ」なる海水浴場。
美しい砂浜が800m続いている。
引き続き路地を揺蕩う。
そう言えば、この旅の直前にメイン機をD750からD780に乗り換え、まち歩きの実戦投入ではこの篠島がめでたいデビュー戦となった。
ようやくタッチパネルでオートフォーカスできるようになったので実用性が飛躍的に向上した。
ただ、一眼レフもここ数年の間で完全にミラーレスにお株を奪われてしまったし、そもそも高価なカメラが売れなくなってる時代。
確かに重くて取り回しが大変だし、思い切って全部ミラーレスに移行しようか、、なんて考えるときもあるけど、もうちょっと頑張ってみようかな、ってなって買い換えるにいたった。
実際のところ、フルサイズはミラーレスのほうがまだ高いんだよね・・もうちょっと市場が成熟してからでも遅くないかな、と。
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