大阪の池田と言えば、自然が豊かでお上品な街というイメージを持つ方が多い、阪急宝塚線沿線のベッドタウンである。
そんな池田は、街道がいくつも交わる交通の要衝として江戸時代以降大変賑わったまちで、今もその時代の名残を僅かに残す一角がある。
池田の市街地では能勢・亀岡方面へ向かう能勢街道、有馬へ向かう有馬道、さらには西国街道や巡礼道などと言った街道が交わっていた。
今風に置き換えてみると、能勢街道が国道423号、有馬方面が国道176号、さらに丹波へ向かう173号など確かに要衝としての機能を現在も維持しているように見える。
能勢街道の在郷町
さて、古い町並みは駅のやや北側、ちょうど176号が西へ折れ、423号が始まるあたりにあった。
かつての能勢街道沿いにあたる、宿場の機能を持った在郷町の中心がこのあたりである。
以前、摂津富田の話で書いたが、池田は酒造業が盛んで、明暦3年には42軒もの酒造家がひしめき合うほどの繁栄を見せていた。
そのうちのひとつが左手に見えている吉田酒造(昨年7月に廃業)で、こちらの蔵は登録有形文化財になっている。
付近を歩くと、閑静な住宅街と言った趣のまちなみが広がっているが、ぽつぽつと古い建物が残っている。
池田有数の商家として栄えた「稲束家住宅」。
屋号を「甲字屋」といい、元禄年間には問屋、その後は酒造業などを営んだ。
近代の文化人がたびたび訪れた他、かの板垣退助が宿とするなど文化サロンとしての役割を担っていたそうだ。
建物は江戸中期、1700年代中頃の建築と言われており、近世商家の原形をよく留めている。
ちなみに、現在も所有者が住まわれており見学は不可。
同じ通りを南下したところでもう一軒。
現在は第3土日のみオープンするカフェになっている模様。
その古民家の前が変則的な四ツ辻になっていて、ゆるいカーブを曲がるといよいよ真打ち登場となる。
池田酒を代表する「呉春」の蔵元、呉春株式会社。
吉田酒造なき今、500年以上続く酒造りの唯一の生き残りである。
基本的に地元でしか流通してない(通販では買える)のと、そもそもの生産量の問題なのかあまり目にする機会がなく、よく“幻の酒”と言われる呉春。
実は筆者もまだ一度も飲んだことがない。
そんな呉春は元禄14(1701)年創業。
池田は元々「呉服の里」と呼ばれており、その「呉」と古代中国で酒を意味した「春」を組み合わせたのが名の由来だそう。
呉春の脇道へと入って行くと、昔のままと思われる入り組んだ細い路地と古い町家。
そこを曲がるとこう。
そうそう、こういうところを歩きたかったんだよ(笑)
鉤形の路地を抜けた。
これも旧街道の名残なのだろうか。
近くにある弘誓寺の山門。
新築されるようで最新のストリートビューでは解体されてました。。
旧能勢街道沿い
最後に見逃してはいけないのが、西本町の交差点の東側、旧能勢街道沿い。
まずは大正7(1918)年に建てられた旧加島銀行池田支店。
2015年の連続テレビ小説「あさが来た」でモデルとなった広岡浅子が設立に関わった建物で、国登録有形文化財にもなっている。
落語みゅーじあむ (市立上方落語資料展示館)。
実は池田は落語のまちなのだそうだ。
初めて知った…。
隣は呉服店。
と言ってももう営業してなさそうに見える。
国道423号沿いにもこんな建物が。
大正14(1925)年に建てられた旧池田実業銀行本店(いけだピアまるセンター)。
市内で最古の鉄筋コンクリート造りで、登録有形文化財にもなっている建物。
筆者は関西に移住したとき尼崎に住んでいたので、丹波や丹後方面へ向かうときは必ずこのあたりを通り、そしていつも渋滞に巻き込まれてイライラする場所だった(笑)
まさかそんなに古い歴史があるとはつゆ知らず、見ごたえのある建物も多くてなんだか感慨深いまち歩きとなった。
[訪問日:2022年6月5日]























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