鳥取県の倉吉市に、「商家町」のカテゴリーで重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている「打吹玉川(うつぶきたまがわ)」という地区がある。
“赤瓦”と“白壁土蔵群”の町として知られ、その景観の美しさから「山陰の小京都」とも呼ばれるエリアを歩いてきた。
城下町から商家町へ
倉吉は、江戸時代初期までは打吹城(うつぶきじょう)の城下町だったが、一国一城令で廃城となり、その後宿場町として再整備されたという。
その頃から、千歯こきや木綿などの特産品を扱う商業活動が活発になり、多くの蔵が建てられることになる。
本町通り
白壁土蔵群のまちなみは、アバウトに言えば本町通り沿いの商家群と、玉川沿いの土蔵群の二部構成になっている。まずは本町通りから歩いて行くことにしよう。
昭和初期に建てられた、元銀行の建物を改装した草木染と雑貨のお店、「ぎゃらりぃ和」(右側)。
この本町通りには平入り二階建てで、島根の特産品である「石州瓦」を使った店舗兼住宅の商家が多い。
日本三大瓦のひとつである赤褐色の石州瓦は、寒冷な山陰地方に適した瓦で冷害や塩害に強い。本町通りを歩く際は是非屋根に注目してやってください。
しかし、この前日からどうも天気に恵まれない旅だった。
所子で雨に降られ、移動中に回復して倉吉に着いた頃には大丈夫そうだったのに、歩いてたらいきなり降り出してきた。念のため傘持って来てたから難を逃れたけど。
あー、これがその石州瓦ですね。通称「赤瓦」。
豆タイルが素敵な洋装店。
「蘇生堂薬局」って名前がすごい。普通に仙豆とか売ってそう(・∀・)
さて、散策マップには「じっくり町歩き(約90分)」と「さくっと町歩き(約40分)」のふたつのおすすめコースが紹介されていた。
ちょっと時間が押してたのと、雨の中90分も歩けるか!ってことで迷いなく後者を選択。
さくっとコースは、この弁天参道とやらに入るらしい。
抜けた先には、大蓮寺なるお寺。
ちら見すらせずにスルーしちゃったけど、本堂がモダンな造りになっていてなかなか見応えがあったらしい。なんと。
そこを右に折れたところが、玉川沿いの道。
つまり、この先が代名詞でもある白壁土蔵群である。
白壁土蔵群
玉川に架けられた石橋、そして黒い焼杉板と白漆喰の土蔵。
青空だったら美しさも三割増しぐらいになっていたであろうことが悔しくてたまらない。
この玉川、実は城下町が整備されたときに開削された人工の水路。
蔵と水路と言えば、十中八九水運のためだろうけど、詳しいことはよくわからず。
この白くない土蔵は、大正時代に建てられた醤油の仕込蔵を改装したもの。
そしてこれ、「赤瓦一号館」という名称がついている。
エリア内の赤瓦の建物にはこんな風に番号が振られていて、これが一~十六まである。(なお、四と九は欠番)
それぞれの建物は工房やみやげ屋、はたまた観光案内所とバラエティに富んでいて面白い。
近くなので、14ヶ所全部回るのも楽しいと思う。
「男はつらいよ」のロケ地
「男はつらいよ~寅次郎の告白~」(1991年公開)のロケシーンに使われたのがこの場所。
白壁、赤瓦、玉川、そして打吹山(旧打吹城)が織りなすこの美しい風景。
この辺りから、嫌がらせのようにさらに雨が強くなってきてもはや景色を楽しむ余裕はゼロ。
ちなみにさっきの寅さんスポットは「さくっとコース」には入ってないんだけど、是非見ておきたい登録有形文化財があったのでちょっとだけ遠回り。
それがこの明治41(1908)年に建てられた白壁倶楽部。
嘘だろorz
10月の鳥取地震で痛恨の一撃を食らい、まさかの修復工事中だった。(4/1から営業再開したようです)
地震のことなんてすっかり忘れてたけどそう言えばあったね。
倉吉から米子に戻るときに走ったバイパスがところどころ波打ってて、車がバウンドしてちょっと楽しかった。(東日本大震災直後の東北道ほどじゃなかったけど)
そばで締める
15時近くなっていい加減腹が減ったのと、容赦なく降り続く雨で心がぽっきり折れたので散策終了。
あと、すごく寒かったので温かいものが食べたかった。
赤瓦八号館の二階、打吹庵さんでそばを頂いて倉吉散策を締めることにした。
雨雲レーダー見てみたら、倉吉だけピンポイントですごい色になっててマジで泣きそうになった(´;ω;`)
おしまい。
[訪問日:2016年12月24日]
コメント
お~クリスマスイヴに渋い所歩いていたんですね。
ここも、定年後にいってみたいな~。
あ、言われて気づきました。
正月もクリスマスも関係なく旅してるんで、今日が何の日とかまったく気にしなくなってますね・・
自分の誕生日でさえたまに旅先で過ごしてますよ(笑)