守られてきた秘伝のタレ!秘窯の里『大川内山』で風鈴の音に酔いしれる

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17世紀はじめ。
陶工・李参平が有田の泉山ではじめて陶石を発見したことから我が国の磁器の歴史が始まった。

有田内山の記事を書いたときにそんな話をした。

鍋島藩(佐賀藩)は磁器生産を奨励し、その結果有田地方は国内最大の産地として発展して行った。

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伊万里焼の聖地「大川内山」

当時、「伊万里焼」と言えば(おもに)有田で作られた磁器のことを指した。
今日では伊万里産のものを指し、有田焼と並んで国内屈指のブランドとして知られる。

その伊万里焼が作られているのが伊万里市の大川内山(おおかわちやま)、通称「秘窯(ひよう)の里」と呼ばれているところである。

伊万里中心部から車で約15分。目的の場所は切り立った山に囲まれた、まるで隠れ里のような場所にあった。

現地に着くや否や、強烈なビジュアルの「鍋島藩窯橋」が出迎えてくれた。
磁器板に始まり高価そうな壺まで、伊万里焼をふんだんに使ったムダに豪華絢爛な橋。

バックののどかすぎる里山風景と絶望的なほどマッチしていない。

 

そんな橋を渡ると、窯元が立ち並ぶメインストリートへといたる。

 

とにかく暑かった。

ちょっと歩くだけで尋常じゃない量の汗が噴き出し、30分でもクルマを駐車させようものなら買ったばかりのペットボトルのお茶がもれなく温茶になるような、そんな日だった。

真夏に暑い地方に行って朝からまち歩きをはしごするのはやめよう・・危険すぎる。(そろそろ若くないし…)

今思えば、ようやく考え方が人並みになれたのもこの日の出来事がきっかけだったような気がする。

秘窯の里

関所跡

何ゆえこの地が「秘窯の里」と呼ばれたのか。

実は大川内山は藩直営の窯が置かれた場所で、おもに調度品や献上品と言った超高級な磁器を生産していた。

まるで山水画を思わせる、この独特な景観。
切り立った奇岩とレンガ造りの煙突が織りなす非日常。まさにアナザーワールド。

精鋭の職人たちを集め、徹底的な管理体制と分業システムによって焼き物がつくられた。
そして高度な技術が漏洩しないように関所や役所まで置かれ、すべてが厳重に管理された。

そう。まさに門外不出の秘伝のタレ

 

ちなみに、それまでは献上品向けのものも有田で焼かれていたのが、上記理由によって17世紀中頃にこの地へ移された。

そして、大川内山で焼かれた超高級品は藩の名前を文字って「鍋島焼」、または単に「鍋島」と呼ばれるようになった。

外界から完全に隔絶された大川内山は、かくして「秘窯の里」と呼ばれる異色な場所となった。

 

毎年夏に「風鈴まつり」が催されるようで、ちょうどイベントの真っ最中だった。
安いもので1000円。伊万里焼にしてはリーズナブル。

鍋島焼は廃藩置県で鍋島藩がなくなって一度途絶えてしまうも、その後復興されてその技法は今の伊万里焼へと受け継がれているとのこと。

現在は30近い窯元があって、鍋島焼の技術を応用しつつもそれぞれが個性豊かな伊万里焼をつくっているそうな。

鍋島藩窯公園

登り窯跡や陶工の家などの史跡がある「鍋島藩窯公園」をついでに見てきた。

猛暑日にこの木陰は嬉しい。元々が山の中だけど実に自然が豊か。

川向こうの建物は、ちょうどメインストリートの窯元を裏手から見てる感じになる。

登り窯もあった。

やっぱり橋は伊万里焼仕様。

大川内山遠景

せっかく来たのでちょっと奮発して自分用に黄色いビアカップを買って帰った。

これが大層気に入って愛用してたんだけど、洗ってるときに豪快に割ってしまいしばらくショックから立ち直れなかった…。

今度佐賀に行く機会があればまた買いに行こう。

 

しばらくなさそうな気がするけれど。

 

[訪問日:2018年8月14日]


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