藤沢市と言えば、横浜や箱根と肩を並べ、神奈川を代表する観光地として君臨する江の島を有する湘南の中核都市である。
筆者にとっても数々の思い出がある街で、しかしそれらは江ノ電であったりしらすであったり水族館であったりと、トラベラーたちが愛でるそれと何ら変わらない。
ところがどっこい、彼の地には東海道の宿場町であった頃から脈々と受け継がれてきた色街の遺伝子が近年まで息づいていたという、決して旅人たちが知り得ることのない裏の顔があった。
小鳥の街
藤沢駅北口を出てすぐの銀座通り交差点から北側の細い路地へ入る。かつて「辰巳町」という名前だったそこは、飯盛旅籠(つまり遊女を置く宿)から遊郭となり、戦後はいわゆる赤線地帯へ移行。
辰巳新地と称するその特飲街は、通称『小鳥の街』と呼ばれていた。
闇市を出自とするバラック飲み屋横丁然としたそこは、数年前に再開発の波に呑まれこの世から消えてしまったが、そのときに何軒かが斜め向かいに移転してほそぼそと営業を続けてきた。
「せきれい」「ひよ子」と、前身が小鳥の街であったことを雄弁に物語る特飲店のなれの果てからは、しかしもはや商いをしている空気は感じられなかった。
その酒場は「藤沢朋友会」という名だったそうで、確かに組合員証のようなものが掲げてあった。
主を失ったのか、どこか物憂げな目でこちらを見やる猫の表情が哀愁とともに胸を打った。
くそ・・そんな目で見るなよ。
路地の向かいは更地になっているが、かつてここにもスナックや小料理屋が軒を連ねていた。そして黒いクルマが停まっているあたりには、「仙成旅館」という連れ込み宿が2013年初頭まで現存していた。
googleマップのストリートビューで在りし日の姿が確認できる。2010年11月の時点では、スナックたちは跡形もなく消えてしまっていることがわかる。
そして仙成旅館の奥、同じく赤い屋根をしたこちらも「松竹」という転業旅館。
松竹のほうは、ドアの部分がまるで教科書通りのカフェー建築。こちらは2012年取り壊し。
比較的最近なので、先輩諸氏のブログなどでよく見かけられる。まったくもって後発な自分が悔やまれる。
その松竹のほうはレンタルボックスへ。変わりすぎだろう・・。
かつて、耳をすませば夜な夜な淫靡なさえずりが聞こえてきた小鳥の街。どうして再開発とはかくも残酷なものなのだろうか。
遊郭あるところに稲荷神社あり。この法則はやはりここでも見られた。
そのお稲荷さんの横に、現存しない「辰巳町」の名を今に伝える辰巳町会館(バラック建築)がある。
「寂れた」というより「滅びた」という表現が適当な小鳥の街で、正直もう見るところもないのだがせっかく来たのでいつもどおり一応付近をくまなく歩いてみた。
とは言え大した収穫もなく、こんな感じで現役のスナック街(街ってほどでもないけど)とか。
今や場違いな住宅街でしぶとく営業を続けるファッションヘルスとか。
姫ごとか。奇をてらったんだろうけど中途半端感が否めない名前に思わず苦笑する。
むしろ、この日一番の収穫は近くの公園でたまたま見つけたこの小鳥たちだとあえて言い切りたい。
死に絶えた街に住処を失った老いた小鳥たちは、どこへ飛んで行ったのだろうか。
隅々まで歩いたものの、“本物の小鳥たち”にはついぞ逢うことはなかった。
[訪問日:2014年6月1日]
コメント
実はこの小鳥たち、藤沢市内でよく見かけます。江ノ島駅なんかがわかりやすいですね。またお立ち寄りの際には探してみてください。
そうなんですね。ありがとうございます。
今度行ったとき探してみます!