新小岩 丸健カフェー街の残滓

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田園ハレムの跡地をひとしきり散策した後、その足で小岩のお隣、新小岩へと向かった。
新小岩にもまた、焼け出された亀戸の業者が移転してできた新興のカフェー街で、偶然にも東京パレスと同じ起源を持つ赤線があった。

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“丸健”

02

現在の松島三丁目あたりに終戦直後に開業した特飲街は、『丸健』という愛称で呼ばれていたが由来については諸説ありどうも判然としない。

01

丸健カフェー街の場所は、新小岩駅から南下しルミエール商店街を抜けたあたりになる。駅徒歩10分強と、赤線の中では交通の便がよかったことが発展の要因になったと言われている。
そうそう、江戸川区と言えば小松菜。小松川村で採れた野菜、ということで実は名前の由来にもなっているほど隠れた名産地なのだが意外とこの事実が知られていない。

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昭和34年(1959年)にアーケードが完成したルミエール商店街。売防法施行の翌年というところに何か裏事情めいたものを感じるが、さすがに50年以上経過した下町商店街だけあって既に商いを終えた店舗も散見される。

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商店街オープン当初から営業してそうな、リアル昭和30年代な自転車屋さん。
「輝く2ツの大臣賞受領!」なるキャッチコピーが悶絶モノである。

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気づけば松島三丁目、結界の中へ足を踏み入れていた。何が待ち受けているかわからない。ここから先は油断は禁物である。

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最初に目についたのがこちらの青葉旅館。

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「ビジネス旅館」と謳っているが、駅から地味に遠いしそもそも新小岩って出張で来るような街じゃないし、だいたい見てくれからして転業旅館じゃん、と身も蓋もないツッコミを入れてみる。

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カフェー建築と呼ぶにはちょっとパンチが足りないけど、なーんか遺構に見えるんだよな。

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これとかちょんの間か?と思えるような佇まい。場所柄、完全に視界にフィルターかかってるけどそれを差し引いても余りあるほど遺構チックな趣き。

10

駅前やルミエール商店街と違って、丸健界隈は下町風情全開。
新小岩が移転先に選ばれたのは、江戸川区が当時は田園地帯で空襲の被害が皆無だったことに因るが、実は間には政府からRAAの指定地にされたという政治的な理由が介在している。

11

これはカフェー建築と認定してよい気がする。
近年、丸健カフェー街では解体され駐車場になったりマンション建設のために更地化されたりする遺構が後を絶たず、往時の名残ももはや風前の灯となっている。

(2ページ目へ続く)

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