城下町から在郷町へ。八女福島の白壁な町並みを歩く

城下町から在郷町になり、さらには伝統工芸のまちとして賑わいを見せた八女市の福島。
ここまで来るには、様々な紆余曲折があったようだ。

八女福島は2002年5月に「商家町」として重伝建になっている。八女黒木が2009年なので7年ほど先輩にあたるが、そこまでの道のりは決して平坦ではなかったらしい。

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町並みを保存するということ

昭和63(1988)年、前頁の旧木下家住宅が市に寄贈された。修理、復原され一般公開されたことで、住人たちが町並みの価値に気づいたと言う。

それから、地元有志が勉強会などまちづくりに向けて動き始め、市民が主体となった活動を続けてきた。

やがてその思いが行政を動かし、市も町並み保全へ動き出す。
造り酒屋だった建物を取得し、「横町町家交流館」を整備。

事業として継続的にまちづくりに取り組む姿勢を明確に打ち出した。

和洋折衷の面白い建物

国の支援を受けられる重伝建制度の導入を目指し、住民合意、市民全体の合意、そして都市計画の見直しなどの課題をクリアし、2002年の選定にこぎつけた。

宝永年間から続く九州最古の茶商「このみ園」

  • 住人がまちを愛していて、後世に残したいと思っていること
  • 行政が地域資源としての町並みの価値を認識していること
  • 何より、双方が熱意を持っていること

町並みを守っていこうとしたときに、これまでの経験則からいっておそらくこの3点が必要十分条件となる。

ビコロールの洋風建築。配色に目を奪われた

いい町並みなのに住人の熱量が低いところ、同じく行政の意識が低いところ、結果として整備が中途半端となり、微妙な観光地止まりの残念な場所をこれまで結構見てきた。

行政主導はほとんどない。まず住民の熱意が行政を動かす。
それがよいサイクルを生み出す。

八女市には重伝建が二箇所あるが、のちに黒木の選定につながったのは市民と行政の意識の変化が大きかったのではないだろうか。

素晴らしすぎて絶句した

おそらく、複数ある他の市町村(金沢市、高岡市、高山市、京都市、萩市など)もおおむねそんな傾向にあるのだろうと思う。

課題もある

とは言え、課題もある。

空き家問題である。

少子高齢化や所有者の転居などで、空き家となった町家が20棟程度あるのだと言う。

人が住まなくなった家はあっという間に傷んでいく。
修繕に多額の費用がかかることで、継承もより困難になる。

江戸時代から続く町家。積み重ねてきた歴史も、壊してしまったらそれで終わりである。

八女では、「八女町家再生応援団」と言うNPO法人が町家の保存再生に取り組んでいるそうだ。

保存地区 × 空き家問題

肌感覚として、これは八女だけではなく全国的な問題で、今後もしばらく続くだろうと思っている。

そんなこともあって、将来自分が住む家は、古い町家をリノベーションした昔ながらの空間で、地域に根ざした暮らしをしたいと最近本気で考えるようになった。

途中から町並み紹介じゃなくなっちゃったけど・・

八女福島、白壁の町並み。
いいところなので是非行ってみてください。

まとめ方が雑・・

[訪問日:2018年12月31日]