浪速の“ラビラント”…レトロとカオスの間「中崎町」を歩く

賑わいの中心、そして西日本最大の繁華街である大阪・キタエリア。
うめきたプロジェクトも絶賛進行中、新陳代謝にブーストがかかりまくった街の傍らで、時代から取り残されてひっそりと残る中津の町並みを以前取り上げた。

その記事の中でちょろっと触れた「中崎町」を今日は紹介したい。

 

中崎町は、東梅田から谷町線で一駅。

 

下手に乗り換えを試みて梅田ダンジョンで迷子になるリスクを考えたら、さっさと地上に出て歩いたほうが結果的に早く着くかもしれない。
それぐらい梅田から近い。

中崎町の非戦災エリアは駅の北側、住所で言うと「中崎」「中崎西」あたりに広がっている。“中崎町”と言う地名は存在しないので注意してほしい。

 

目的のエリアは、阪急梅田駅を出て、NU茶屋町の前をまっすぐ東へ10分ほど歩いたら到着した。
大阪駅からでも15分みとけばまぁたどり着けると思う。

入り組んだ細い路地。密集した家々。
以前下見でこのあたりを歩いたとき、「こりゃ撮影が大変だわ・・」と頭を抱えたので、この日はいつものミラーレスではなく一眼レフと超広角レンズ(12-24mm)をスタメン起用した。

結果的にこの選択は正解だった。

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そこは“迷宮”だった

軽い気持ちで路地裏に足を踏み入れると、すでにゲームは始まっていた。
リアルな街並みをステージにした巨大迷路のアトラクション。まさに新感覚エンターテインメントである。

それぐらいの誇張が許されるほど、中崎町の路地裏は訪れ人に容赦なく牙を向いて襲いかかってきた。

まち歩きをライフワークとしているぐらいなので、筆者は地図を見るのは得意なほうである。ところが、ものの数分で方向感覚は吹っ飛び、今自分がどこを歩いてるのかさっぱりわからない状態に陥ってしまった。

まるで樹海の中を彷徨っているかのごとく、同じ場所を何度も行き来したり目的の方向に進めなかったり…を繰り返した。

先に言っておく。心してかかってほしい。

舐めたら絶対にやられる。

こうして路地裏を彷徨うと、リノベ系のカフェや雑貨店が妙に多いことに気がつく。

今や中崎町のイメージとも言えるこの風景は、いかにして出来上がったのか。

 

中崎町の歴史を紐解く

第二次世界大戦の大阪大空襲によって、大阪市内は大部分が焼け野原となった。
その中で、奇跡的に戦火を逃れた中崎町は、戦前からの長屋や古民家、昭和の風情と下町情緒が失われずに残った。

歴史を感じさせるアパート

戦前、一般的だった長屋は、1棟の建物を数世帯がシェアするという今のテラスハウスのような構造だった。

それゆえ、建物ごとの建て替えが難しく、結果として古い建物が残り、街並みが大きく変化することがなかった。

ところが、時代が平成に入ると居住者もさすがに高齢化し、空き家もぽつぽつと出てくるようになった。

ここで空き家問題について論じるつもりはないが、空き家は、景観悪化をはじめ不法侵入など犯罪の温床となるリスクがあり、地域にとっては負の側面しかもたらさない。

社会問題として顕在化して久しい今でこそ各地で見られるようになったが、空き家や古民家を再生してカフェや飲食店、ゲストハウスに生まれ変わらせる、いわゆる「リノベーション」。

地域が抱える課題解決への有効策として、近年とみに事例が増えている。

2001年。
築100年を超えた古民家を改装したカフェがオープンし、そこから中崎町は“リノベーションの街”としての歴史を歩み始めた。

続々と後に続く人が現れ、カフェや飲食店、雑貨店やサロンなどが増え今ではすっかり「お洒落なまち」としてのイメージが定着している。

ただお洒落なだけであればここまで人を惹きつけることはなかったかもしれない。

昭和の香りがする懐かしい下町風情、そこに今風のモダンでお洒落なショップが融合し、唯一無二の路地裏風景を作り出している。

これこそが、中崎町最大にして最強の武器であろう。

(2ページ目へ続く)

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