旧閑谷学校 ~現存する世界最古の庶民のための公立学校~

岡山県
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岡山県をざっくりとエリア分けすると、西半分が「備中」、東側の北半分が「美作」、そして南半分が「備前」となる。
この備前エリアに遊びに行ったときの話をいくつか書いていこうと思うので、しばしお付き合いいただければと思う次第である。

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まずは旧閑谷学校へ

このエリアで最も有名なものと言えば、その名の通り備前焼だろう。
個人的な意見を言わせてもらうと、次点が『旧閑谷(しずたに)学校』だと思う。

カーナビを旧閑谷学校にセットし、一路岡山を目指した。

旧閑谷学校は備前市の山あい、山陽道と山陽本線の間にある。
クルマでないと行きづらい場所にあるが、電車の場合は吉永駅か備前片上駅、いずれかからバスに乗ることになる。

ここが有名なのは、国宝や重要文化財になっている施設が点在しているという理由もあるが、なんと言っても現存する世界最古の庶民学校の肩書きによるところが大きい。

校門

閑谷学校は江戸時代初期の1670年、岡山藩主の池田光政によって創建されたいわゆる「藩校」である。

地方のリーダーを育成するという志のもと、武士のみならず庶民の子供、さらには他藩の子弟も学ぶことができたと言う。これが“庶民の学校”と言われる由縁である。

儒教の学校で、朱子学(儒学)を中心とした教育が行われていた。

講堂(国宝)

池田光政は1682年に逝去するが、光政の遺志を継いだ家臣の津田永忠が約30年の歳月をかけ、1701年に現在とほぼ同等の外観を持つ学校を完成させた。

小斎

校内に入ると、国宝に指定されている講堂がまず目につく。
手前には、「小斎」という藩主が臨学の際に使用したという小屋が立つ。

こちらの「文庫」は教科書や参考書を収めていた書庫。

講堂につながる習芸斎(右)と飲室(左)

習芸斎:農民たちも学んだ、教室として使われた施設
飲室:教師と生徒たちが、湯茶を喫した休憩室

名前聞いただけじゃ全然用途がイメージできない。。

早速中に入ってみよう。これが飲室。
このいろりを囲んで、ひととき茶をしばきながらくだらない話に花を咲かせたのだろうか。

お隣、習芸斎。
円座があるだけでずいぶん雰囲気出るね。

講堂に行ったら・・あれ?授業中?

完全に観光客風情でめっちゃ気まずいんだけど・・

そそくさと写真を撮る。花頭窓がでかい。

何の講義なのかと思ったら、「講堂学習」と題して要事前予約で論語の体験学習ができるそうな。
5名以上、所要時間は1~1.5時間とある。

なるほど、そういうことでしたか。

入母屋造りの本瓦葺。しかも瓦はオール備前焼。豪華すぎでしょ・・

なお、創建当時は茅葺きで、その後葺き替えたそうな。

講堂の先には、「火除山」という人工の築山がある。
この先に学舎や学房があり、そこから出火した際に火の手が講堂まで及ばないようにするために築かれたそうだ。

かつて学房があった場所には「閑谷学校資料館」が立っている。

(2ページ目へ続く)

コメント

  1. 定マニア より:

    岡山県といえば、倉敷市、横溝正史、津山市(八つ墓村の影響)、岩井志摩子(笑)なんですが・・・。先日、BSNHKで「よみがえる新日本紀行 昭和49年放送)」を見たら、この学校を紹介していました。今でも、地元の高校生に当時の授業を施しているそうですね。それより、私が印象に残ったのが「花むしろ」です。子供の頃、畳の上に必ず花むしろを敷いていました。い草の匂いと織物のような綺麗な柄が懐かしいです。欲しくなって探していますが、今売ってるところないんですよね。自営業の雑貨屋もなくなって来たから。ニ○リとか、ケ○カヤで売ってるようなラグなんかより、花むしろですよね?

    • machii.narufumi より:

      傍からすればいい話ですが、ここで論語とか聞かされる高校生はたまったもんじゃないでしょうね(笑)
      花むしろって、洋室に敷くものかと思ってましたが畳の上なんですか?うちは夏になればリビングに敷いていたような気がします。
      岡山は倉敷が産地だそうですね。これはもう現地に行って買うしかないと思いますよ。

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