日本大正村の片隅で、今も灯る木造旅館。明智町『さつき旅館』

岐阜県
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岐阜県恵那市(旧明智町)に、まちに残る大正時代の雰囲気をそのままテーマパーク化した「日本大正村」がある。

という話を結構前に書いた。

レトロとモダンの間。「日本大正村」で大正時代の雰囲気に浸ろう
岐阜県の恵那市(旧明智町)に、大正時代を再現した「日本大正村」というテーマパークがある。いや、そう言...

そんな大正モダンな明智町は、明治期以降生糸(養蚕)で栄えたまちである。
今に残るハイカラな建物はその栄華の名残であり、その歴史が現在までしっかりと受け継がれている。

その明智町に唯一ある旅館が「さつき旅館」。
ここが日本大正村であることを身をもって証明する、大正末期の建物である。

そんなさつき旅館は前回の記事で言及した「うかれ横丁」のあたりにある。
もうずいぶん前の出来事になってしまったが、ここに岐阜の知人と泊まりに行ったのが今日の話。

一見、隣の家に見える右側の車庫に車を停めるよう促された。
この日は知人宅まで車で行き、そこから先は車を出してもらった。

このブログでも数えるほどしかない、自力ではない旅となった。

外観を眺めるだけでもお腹いっぱいになりそうなぐらいの素晴らしさ。
鑑札もずいぶん綺麗だ。

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それでは館内へ

買い出しをしたりしていたので到着が夕刻になってしまったものの、なんとか食事前にはチェックインを済ませることができた。

女将さんに迎え入れられ館内へ。

この頃はまだ老舗旅館にのめり込む前で、カメラもまち歩きに使う小さなサブ機しか持って行っておらず、画角的にも画質的にもずいぶん残念な写真しか残ってなかったのが今となっては悔やまれる。

もう一度泊まりに行ってもいいかな、と調べてみると、なんと楽天トラベルで予約できるようになっていて驚いた。(当時は電話しかなかった)

ちなみに時間がおかしいのは時計が壊れてるからではなく朝に撮った写真だから(笑)
時系列ガン無視ですいません…。

土間から奥に通路が伸びており、両側に部屋があるというちょっと変わった造りになっているのが面白かった。
土間の突き当たりで靴を脱ぎ、部屋に案内してもらった。

この日泊まった部屋。
もはやまったく憶えてないけど、街道に面した二階の部屋だったように思う。

襖を隔てて二間続きになっていて、もう片方の部屋に布団が敷いてあった。

テレビがまた渋い。

「ナショ文字」と呼ばれた、筆記体のナショナルのロゴ。
ナショ文字は1937年~1987年まで使用されていたそうで、つまりこのテレビもおそらく半世紀ぐらいは経っている代物であろう。何年式か見ておけばよかった…。

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夕食

写真を見返していておや、と思ったが、どうも食事で利用した部屋と泊まった部屋は別だったようだ。

ストーブがついているのは訪問したのが真冬の1月だったからで、本当に寒い夜だったのをよく憶えている。

家庭料理のような夕食。大変美味しゅうございました。

食事後は館内を散策して風呂に入って、酒を飲んで・・

洗面所が渋すぎて泣ける…。

給湯器もずいぶんな年代物に見える。

お風呂。
寒い日の風呂は格別。

さつき旅館には中庭があるんだけど、夜はこんな感じでかなり風情があってよき。

階段の幅や勾配がいかにも昔の家って感じで良い。

夜の旅館ってなんかワクワクするよね。

平成8(1996)年の注意書き。

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夜が明けて・・

翌日は素晴らしい快晴だったが、身が引き締まるような凍てつく朝だった。

気温は普通に氷点下行っていた…。
女将さんに伺ったところによると、日によっては明智の冬は-10度ぐらいまでは下がるそうだ。

部屋の窓から中馬街道を見下ろす。

朝食。

帰り間際に女将さんと少し立ち話をし、この旅館がかつては小料理屋だったことを伺った。
現在明智の旅館はココだけになってしまい、辞めるに辞めれなくなって今にいたっているそうだ。

生糸生産で栄えていた時代は置屋があって芸者もいた。さらには料亭もあってずいぶん賑わっていたと。

過去に一度歩いたまちだけに、遠い昔、栄えていた頃の話はすんなりと腑に落ちた。

さつき旅館。
またいつか泊まりに行きたいと思える、よい旅館だった。

[2022年1月宿泊]

 

余談ですが・・

2024~2025年にかけて商業本を立て続けに二冊出させて頂いたことで、昨年の2月頃まではまったくもってブログなんてできる状態ではなかった。

ようやくすべての作業が終わり、時間的には少し余裕が生まれた矢先に本業が大炎上し、数ヶ月間リアルに過労死ラインで働く羽目になった。
その次のプロジェクトでは今度は責任を負う立場になり、とにかく仕事と体調管理を最優先するためにブログの再開はやはり見送ることにした。(言い換えると、平日に夜ふかししてPCに向かうと、翌日の仕事の生産性を著しく損ねるような年になってしまったということw)

今年3月でその重責から解放されたものの、長らくやってなかったことでモチベーションが底をついてしまい、正直このブログはもうアーカイブでもいいんじゃないかと結構前から本気で考えるようになっていた。

とは言え、活動そのものを止めたわけではなく、まち歩きや老舗旅館への宿泊など、ブログのネタになる活動自体はずっと続けており、ふとした瞬間に再開への意欲が湧くこともあった。

そんな停滞ムードを振り払ったのが、旧知の方に誘われて3月下旬に参加した某所での写真展。

このブログの初期によく訪問していた遊郭赤線や昭和レトロ系の場所を中心に、2013年以降に撮影した13点の写真を展示した。
三日間の期間中、予想を超えるお客さんに足を運んで頂き連日大盛況なイベントとなったが、私のブログを知っている方が何人もいらっしゃって、初めてお会いする方に

「いつもブログ見てました」
「出かける前は必ずリサーチして現地でも参考にしています」
「昔ブログにコメントして写真お借りしたことあるんです」←2019年のことでした

などなど、胸が熱くなるような言葉をかけて頂き、改めて長年自分が本気で取り組んで来たものの重さのようなものを思い知ることになった。

自分が思っていた以上に沢山の人に見られていたという事実。誰かの思いや行動に僅かながら影響を与えていたこと。

 

ここで終わらせるのはなんだかもったいないな。

 

という訳で、全盛期のようなペースはさすがに無理ですが、これからぼちぼち記事を書いていければな、と。
しばらく古いネタが続くと思いますが、生暖かい目で見守って頂けますとありがたいです。

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