四日市・高砂遊廓跡を見に行ったけど風前の灯だった件

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桑名を訪れた翌朝、四日市の高砂遊郭跡を見に行った。
高砂は、JR四日市駅から東へ15分ほど歩いた港に面した場所にある。

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分かりやすいメインストリート

いつも通り、手がかりは『全国遊廓案内』である。そこには

東海道の宿場女郎から現在の如き遊廓になったのは明治33年頃で、現在貸座敷は10軒あり、娼妓は約40人居る。

なるほど。結構小規模だったみたいね。

高砂遊郭が戦後赤線になったという情報は見かけなかったので、貸座敷のまま歴史を終えたのではないかと思う。実際歩いてみると、その考えは概ね間違っていないような感じだった。

明治~戦前と言えば四日市コンビナートはまだなかったので、客筋はもっぱら商人や船舶など、貿易関係者が多かったんじゃないかと思う。あくまで予想だけど。

界隈には料亭「浜松茂」さんが残る。明治39年創業。遊客に支持されてきたことは間違いなさそうである。

やっとそれっぽい建物と対峙することができた。まぁでも妓楼っぽさは残念ながらほとんど感じられない。

それより横にくっついてるこのカフェー調のほうが気になった。なかなかおもしろい意匠をしている。

もう一軒それっぽい建物があった。これまた妓楼かと言われればどうだろう、言った感じの外観。格子だけ見るとそうかな、と思えるけど果たして。

あとはこれ。総じて煮え切られないような建物が多くて何ともフラストレーションが溜まる。

ただ、玄関二ヶ所で均等に部屋が並ぶコイツだけはちょっと「匂い」を感じた。まぁでもこれじゃ赤線のアパート風だし、ホントに戦後がなかったのならそれは違うのかな、と。

どんつきの公園からはコンビナートが見える。この上なく四日市らしい風景。

国道沿いに転業風の「いちき」という旅館があったのだが、これも少し前に解体され今ではもう見ることができない。

どこまでも不完全燃焼のまま、四日市駅のほうへ向かった。

[訪問日:2016年6月3日]


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