城下町の名残と言ってしまえばそれまでなのであるが、湯浅の市街地は道幅が狭く一方通行が多い。
おかげで伝建地区になかなかたどり着けずに右往左往する羽目になったのだが、その迷走が思いがけぬ副産物をもたらしてくれた。
わずか一瞬の出来事だった。
駅近くの路地を走行中、流れる風景の一端に現れたそれをふたつの目は逃さなかった。
風俗営業(料理屋)
それはかつて醤油の醸造で潤ったこの街にも遊里が存在したという、確かなる裏付けに他ならなかった。
湯浅駅を起点に散策開始
幸いこの日は行程に余裕があったため、伝建地区を歩き終えたあとにその謎の一角を探検してみることにした。
事前リサーチゼロの遊里探訪は久しぶりだ。本来ならこのワクワク感こそがまち歩きの醍醐味なのかもしれないが、忙しい現代ではやはり事前の準備は大事である。
まずは件の場所へ行くことにしよう。駅前を北へ向かった先に目的地はある。
左へ折れる県道を尻目に、細い路地へと分け入って行く。このあたりからすでに“何かある”と思わせる雰囲気が漂っている。
改めてその場所に来ると、そこが夜の街であったという思いがより一層強くなった。色街の残香がふと鼻腔をかすめたような、幻覚ならぬ“幻嗅”を感じたような気がしたのだ。
そしてこれが件の建物である。明らかに普通の民家ではない。
前の建物もまた然り。ぬけぬけと屋号が残っているし、ドア上部にはこちらにも鑑札のようなものが見える。
はて、ここは一体何なのだ。思案を巡らせる間もなく、次の瞬間コイツが視線に飛び込んできた。
どう見ても新地です本当にありがとうございました。
おそらく、花街のようなところだったのだろう。棚ぼたとは言え、思いがけぬ珍客に出会った気分だ。
俄然テンションも上がってきた。
そもそも、である。
熊野古道の宿場町として栄え、醤油の醸造で一大商業都市にのし上がった湯浅に遊里がなかったはずがないと考えるのが常道であろう。
まったくもってそこまで考えがいたらなかった自分の詰めの甘さに辟易する。
湯浅の遊里については情報がまったくと言っていいほど皆無である。
二大バイブルである『全国遊廓案内』『全国女性街ガイド』には湯浅の「ゆ」の字も見当たらない。
だが、調べてみると芸娼の区別をしなければ4ヶ所もの遊里があったという情報に行き着いた。
何という由々しき事態か。
もちろんこのときはそんなこと知る由もなかったし、適当に歩いたので結果的に外れの場所もかなり含まれている。
しかしながら、湯浅の市街地にはこんな感じの味のある路地がしこたま残っていて、実に散策しがいのある街なのだ。
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コメント
これは、大発見ですね。
荒らされていないし、、、
偶然、というところがポイントですね。知ってて行ったのとは大違いですから。
和歌山へお越しの際は是非歩いてみてください。