池島から戻り、この日は佐世保に宿をとった。
※ハウステンボスは無事間に合いました
翌朝、迎えた旅の最終日。
朝イチで、ホテルから徒歩10分の戸尾市場街を見に行った。
正確に言えば、歩いて行ける場所に宿をとった。
JRの佐世保駅からもほど近い戸尾(とのお)町一帯に昔からある商店街。
それが戸尾市場。
雰囲気的にはどこにでもありそうなレトロ商店街なんだけど、他にはない特徴がある。
それについては後ほど。
歴史を紐解くと、戦前、戦後とかそんなレベルではなかった。
できたのはなんと大正時代。「佐世保の台所」としてその当時から市民のニーズに応えてきたそうだ。
名前が『市場街』なのは、「中央戸尾市場」「西海市場」「とんねる横丁」「三角市場」「戸尾市場」という5つの別の市場で構成されているから、が理由。
このうち、2012年に発生した火災の影響で「戸尾市場」は組合ごとなくなってしまい、現在は4つの市場で成り立っている。
今歩いてるのが「西海市場」。ここが一番店が多い。
よくわからんかったんだけど、たぶん道を挟んだ対面にあるのが「中央戸尾市場」。
西海市場は端っこまで行くと国道にぶつかる。左手に曲がると一本別の路地が伸びており、国道との間に挟まれてるのが「三角市場」。これはたぶん土地が三角形をしているからだろうと思う。
で、路地に沿って伸びるのが「とんねる横丁」。
とんねる横丁
このとんねる横丁がちょっとした有名物件で、なんと太平洋戦争のときに掘られた防空壕の跡をそのまま店舗として使っている。
全国探してもこんな市場他にないんじゃないかと思う。
高さ約8mの岩山に掘られた8本の防空壕が市場として使用されたそうで、それは目の前に立つとすぐに理解できた。
確かに背後にはそれぐらいの高さの壁がそびえている。ちなみに上はグラウンドか何かになっているようだった。
佐世保は終戦間近の6月28日に大規模な空襲を受けて市街地は焼け野原となった。
この防空壕に入ったことで一命をとりとめた人もいたそうだ。
で、焼け出された人たちが住居や店舗として使い始めたのがとんねる横丁の始まりなんだと。
そうか!防空壕を使った市場だから“とんねる横丁”だったのか!(え、今頃?w)
いやぁ、しかしここまで昭和を色濃く感じられる市場もなかなかないよな。
ただ古いだけのところならたくさんあるけど。
なんせ佐世保バーガーのお店なんて「防空壕店」だからね(笑)
歴史を知らん人は何のこっちゃかさっぱりわからんと思う。
ご丁寧に市場のマップまであった。
西海市場のところは「戸尾商店街」って書いてあるね。
背景は九十九島かな。佐世保らしくてよき。
歩道橋の上から西海市場方面を望む。
向かいのマンションっぽいのが立つ場所が焼失した「戸尾市場」。
こうして俯瞰してみると、岩山を掘った防空壕であることがよくわかるね。
いやはや、なかなか貴重なもん見れたわい。車置きっぱなしだし、そろそろホテルに戻ろか。
今でも結構お店があって色々揃うので、佐世保を訪れたら是非買い物にでも行ってみてください。
貴重な昔の話が聞けるかもしれませんよ。
[訪問日:2019年10月14日]
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