須原宿を北上し、次に向かったのはお隣の上松宿。
ここは電車で二駅分、距離にして約12kmと木曽路で最も長い宿間になっており、昔の人の苦労をしみじみと偲びながら車でぴゅ〜んと移動した。
文明の利器万歳。
上松宿が正式な宿場となったのは江戸時代に五街道が整備されてからであるが、そのもっと前から木曽ヒノキの集散地として栄え、宿場になる下地がすでに出来上がっていた。
上松宿の長さは5町31間(約540m)。
スタート地点となる、江戸に近いほうの十王橋から歩くことにした。
十王橋から順に上町、本町、中町、下町と続いていくが、昭和25年に大規模な大火に見舞われたことで上町以外は往時の面影は失われてしまっている。
上松宿最大の見どころとなる上町。
ゆるく蛇行した狭い道幅の、いかにも旧街道と言った風景が展開されていく。
天保14(1843)年の記録によれば、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠が35軒という規模だったそうだ。
ここが最も宿場っぽい雰囲気を残していた。
いつ頃かは判然としないが、相当古いことだけは確かだ。
このカーブはおそらく先を見通せなくさせる為でもあったのだろう。
古民家はそれなりに残っているものの、上町にはもう旅館は一軒もないようでそれがちょっと惜しい。
古い土蔵を改装した和菓子屋さん。
こちらは土蔵をリノベした風の歯医者さん。
向かいの家も似たような感じ。
こちらは個人宅だろうか。
その先が枡形になっていて、一旦右に曲がり、さらに左に折れる。
枡形の途中にある一里塚跡。
実際はここから30m下った場所にあったそうだ。
枡形は本町と中町の境目にあたる。
古民家留(コミカル)カフェと書かれたこちらは、カフェ機能を持った多目的オープンスペース。
枡形を抜けた先は車通りになっていて、宿場の名残はあまり残っていなかった。
気になったのはこの古民家ぐらい。
それとこちらの田政旅館。
軽く調べてみると江戸後期創業。大火を乗り越えた建物とのことで、これは是非一度泊まってみたい。
田政旅館の前から上松駅へといたる駅前通り。
これ以上見どころはなさそうな雰囲気だったのでここで切り上げてしまったが、ここから2kmほど南下した木曽川の景勝地「寝覚の床」の近くに、当時の旅籠と茶屋の建物が並んで残っていることをあとで知って口惜しい思いをした。
いつかまた行かねば・・。
[訪問日:2022年6月24日]





















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