北国街道の宿場町。木之本の古い町並み

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現在の北陸道はかつて北国(ほっこく)街道と言った。
中山道の鳥居本宿(彦根市)を起点とし、米原、長浜、木之本と宿場が続く。

黒壁スクエアを歩いたあと、道すがら次の宿場の木之本にも立ち寄ってみた。

旧街道は、木ノ本駅から東へ5分ほど歩いたところを通っている。
駅前に単車を停めてぷらぷらと歩いてみた。

※地名は「木之本」だけど、駅名は「木ノ本」。

まず目につくのが「江北図書館」。
明治39年に建てられた、県内最古の私立図書館。

地域の人たちに守られ続け、100年を超えた今でも現役という驚くべき建物である。

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木之本宿について

国道303号線が直角に折れるところが札ノ辻跡。この道が旧街道である。

かつては高札場だったことを示す案内板。

浄信寺(地蔵院)

木之本は、古くは浄信寺(地蔵院)の門前町として、また、北国街道の宿場町として栄えたところ。

本陣(大名など特権階級の宿泊所のこと)も置かれるなど、なにげに結構な規模だったようだ。

もうひとつ、交通の要衝としての顔も持っている。

北国街道と、同街道の脇往還が交わる場所がこの木之本だったのだ。

馬宿平四郎

北国脇往還と言うのは、名古屋や江戸へ向かうときのショートカットで、本来であれば

木之本 ⇒ 長浜 ⇒ 米原 ⇒ 鳥居本 ⇒ (中山道経由) ⇒ 関ヶ原

なのを

伊吹山地の山すそを巻くように最短距離で関ヶ原へ向かうルート。

そんなわけで、自然と人や物資が集まる宿場町だったことがその繁栄につながり、造り酒屋なんかを筆頭に古い建物が結構残っている。

来る前はほとんど期待してなかったんだけど、割といい意味で期待を裏切られた感じだった。

建物はほとんどが切妻造の平入りで、白壁よりも黒っぽい壁のものが多かったような気がする。
そのあたりは地域性によるものなのだろうか。

昭和の初め頃までは中央に小川が流れ、柳の木が植えられたいかにも宿場らしい風情を残していたそうで、今ではそれも埋められてしまいご覧の通り。

まだ行ったことないんですが、長野の海野宿みたいな感じだったんでしょうね。

さっきの地蔵院に古い言い伝えがあって、地蔵像の安置場所を探していた僧侶が休憩のために柳の木の下に降ろしたら、そこで動かなくなったのでそこに寺を建立したと。

で、「柳の本(もと)」から「きのもと」と言われるようになったと。
真偽は不明だそうですが、覚えとくと話のネタにはなりそう。

元庄屋「上阪邸」。

江戸時代末期の建物。

ここまでざっと眺めてきたのが札ノ辻の北側。
実は南側のほうが見どころが多かったりする。

(2ページ目へ続く)

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