ドーゴ・オブ・ザ・ピンク…さらばネオン坂 ~Neon Is Over~

高松・パラダイス通りの変わらない風景にほっとしたその三日後。
5年ぶりに四国の名湯、松山・道後温泉を訪れた。

目的は他でもない。温泉・・
じゃなくて「ネオン坂」の現状確認である。

 

言うならばただの口実である。 「四国随一の名湯に浸かる」 道後を訪れる理由で、これほど都合のよいものが他にあるだろうか。確かに湯...

 

初めて道後に来たのが2005年末。関東から青春18きっぷで移動しユースホステルに泊まると言う、貧乏金なしの極みのような旅だった。
二回目が前回。2014年末。

思えば、初めて来たときにネオン坂に行っていれば・・

 

そんなことを考えながら、人でごった返すハイカラ通り(道後商店街)を抜け、道後温泉本館を尻目にネオン坂の入口に差し掛かった・・

 

そのときだった。

 

なんだこれは・・あり得ねぇ。

断じてあり得てはならない光景が、いきなり目に飛び込んできた。

確認しよう。これが前回来たときの同じ場所だ。
まるでこの先の展開を予兆するかのようなプロローグ・・すでにもう悪い予感しかしない。

 

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ネオン坂の現在

宝厳寺の参道、ネオン坂。
かつて、明治の文豪、漱石の度肝を抜いた“門前町遊郭”がここにはあった。

歩き始めてすぐ、ただならぬ異変に気がついた。

入口に「カフエー」の鑑札を携えたカフェー建築のカフェ・・
国民的アニメの名を冠されたそのお店からは、あの胸に迫りくるような美しい意匠と面影が完全に失われていた。

もはや原型すらとどめていないと言っても過言ではなかった。

横の建物を眺めていたら、またしても違和感が喉の奥からせり上がってきた。
違う。前回はこうじゃなかった。

少し引いてみよう。上の建物の、向かって右手がごっそり更地化し、駐車場になっていた。

何か不幸なアクシデントが起きたとしか思えない。

 

前回の風景を眺めてみよう。

 

BARと書かれたお店。勝谷誠彦氏が『色街を呑む!』で書いていたのはもしかしたらここのことかもしれない。

勝谷氏は一昨年、急性肝不全でこの世を去った。
似たような時期に現世から消えた建物に、何となく不思議な運命を感じた。

そして、どうやら横の建物も道連れにされてしまったようだ。

 

直視したくない現実。

道後の湯のようにこんこんと湧き立つ悲しみを無理やり抑えつけながら、弱々しい足取りで坂道を進んでいった。

ここはもう、かつてのネオン坂ではなかった。

ひとつだけ、変わらない風景に出会えた。

だが、時すでに遅しである。
乾き切って干からびかけていた心を潤すには、絶対的に何かが足りなかった。

“パーフェクト・スカイ”と呼べるほどの完璧な青空なのに、まったく気が晴れない。

「こんなはずじゃなかった感」に完全に打ちひしがれていた。

色里や 十歩はなれて 秋の風

 

同じ場所で、子規と漱石が今の風景を見たら彼らは一体何と言うだろうか。

漱石が松山に赴任してきたのが明治28(1895)年。
120年以上の歳月が流れた今、目の前の風景はやはり妥当なのかもしれない。

 

うなだれながら、ふと視線をずらすとあるものに目が止まった。

 

んん?

 

なんだこれ・・

明らかに前回見落としていたと思われる建物が、そこにはあった。

ああああぁぁぁぁぁ!!!!

 

完全に・・息を吹き返した。

このままでは沈んだ気持ちのまま一日を過ごすところだった。
これを見落とした、5年前のアホな自分にこう言ってやりたかった。

 

マジでいい仕事したわおまえ・・

 

見事な円窓。

人が出てきたので、どうやらアパートとしてまだ機能しているようだった。

内見してぇ・・

 

俄然テンションが上ってきたところで、商店街や路地裏の散策へとくり出した。

絶賛保存修理中の道後温泉本館。

本館REBORN。自分もREBORN。

本館は、工事中のため入口が北側に移っていた。
まさか、誰もいない正面の写真を撮れるとは・・

本館は二回入ったことがあったので、2017年にオープンした別館「飛鳥乃湯泉」に惹かれつつも、今回は目の前の「椿の湯」にした。

「あすかのゆ」は次回だな。

おまけの「ニュー道後ミュージック」。
まさかこんなスタイリッシュな外観だったなんてね。

観てこうと思ってたんだけど、さすがに元旦は休みでした(笑)

[訪問日:2020年1月1日]


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コメント

  1. 若松出身者 より:

    こんばんは。いつぞや、北九州市若松区についてコメントしました若松出身者です。
    現在は松山市在住です。道後を訪れて下さり、ありがとうございます。地元民として誠に喜ばしく思います。と言っても、地元民は地元の観光地にはなかなか行かないですので、こちらで写真を拝見して、フムフムと感心した次第です(笑)
    維持するのもお金がかかるからでしょう、カフェーの遺構など取り壊されて行きますね。堂々と表に出せる歴史の遺構だったらお金がかかっても維持しようということになるのかもしれませんが、少々後ろ暗い歴史の遺構なので仕方ないのかもしれません。残念でなりません。ご清潔で、お上品なことばかりが人間の歴史じゃないと思うので、後ろ暗い歴史の遺構も残したっていいような気がしますが。

    なお、昨日見てきましたが、今治駅前の二階建ての長屋は、覆っていたビニールシートさえ外れかけて、更に壊れて倒壊の危険性が増したように思えましたが、あのままでした。あれはほんまに壊さな危ないですね(笑)

    • mast-mo より:

      こんにちは。ご無沙汰しております。
      今は松山在住だったのですね。
      詳しいことは皆目わかりませんが、もしかしたらネオン坂で取り壊された建物は、天災でダメージを受けてほっといたら危ないから行政代執行・・みたいな流れだったのかもしれませんね。
      味のある建物が失われてしまって本当に残念です。

      今治も変わってませんでしたか。
      駅前であれですもんね。何も知らない人が見たら、一体このまちはどうなってんだ・ってなると思います(笑)