浜松の遊里「二葉遊郭跡」を訪ねて

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掛川の横須賀を歩いたあと、浜松で寄り道。
浜松もまた、学生時代から幾度となく来ている個人的に縁もゆかりもある街だが、この日は同地にあった「旧二葉遊郭跡」を訪問した。

ここもずいぶん前から行こうとしててなかなか機会に恵まれず。
「ようやく来れた…」

と感慨に浸りたくもなる場面だが、この日のうちにあと2ヶ所歩いて家に帰らなければいけなかったので残念ながらあまり時間がなかった。

さて、じゃあ早速行きましょか。

隣接する飲み屋街

浜松駅から直線距離で西へ1.3km。
かつての遊里は現在の「鴨江」というところにあった。

まず、昭和5年の『全国遊廓案内』から二葉遊廓の頁を繰ってみると

浜松市二葉遊廓は静岡県浜松市鴨江町に在って、東海道線浜松駅で下車すれば西へ約十丁の一である。

(中略)

大正十一年十一月、現在の遊廓に移転する迄は、昔のままの宿場気分を国道筋に漂はして居たものだったが、現在では全部写真式の遊廓に改められてしまった。目下貸座敷が二十二軒あって、娼妓は約三百人居る。此処の組合には面白い規定があって直接従業者は全部女性でなければならぬ事に成って居るので、まったくの今「女護ヶ島」を形成って居る事だ。

(中略)

妓楼は、豊本楼、寳來楼、西野屋、糀屋、たからや、立花屋、駿河屋、駒屋、古清水、川崎楼、よねや、共榮楼、澤潟屋、島屋、紙屋、米米楼、美奈茂登楼、池田家、古清水支店、大阪楼、甲州楼等である。

とある。

対して昭和30年、『全国女性街ガイド』のほうには

芸者は鍛冶町から千歳町、肴町、伝馬町一帯にやっと百名。赤線は昔の二葉遊廓跡に三十三軒あり、百三十六名、芸妓連れで浜名湖見物は風情がある。いっぱいやって二時間の廻遊で花代は二千円位。

と紹介されている。

 

ここから読み取れる通り、元々遊郭があったのは千歳町~伝馬町あたりで、これはここと浜松駅の間の国道257号線沿いに位置している。
市の中心部、それも街道筋にあったことで大正11年に現在の位置に移転。
元々のほうはその後は花街として存続することに。

二葉遊郭は戦後は赤線として続いたが、売防法後はとある業態に鞍替えした。
それについては現地で説明しよう。

遊郭跡の外縁部にあたる路地が、ちょっとした飲み屋街を形成している。
嘗ては赤線にやって来た嫖客を相手に商売していたのだろう。

上の建物の裏側。
この建物の玄関先に

信頼と実績の富士山鑑札

料理店鑑札を見つけた。
これは事前に把握してなかったので、幸先よく思いがけない収穫を得ることになった。

俄然やる気が出てきたw

Googleマップによるとこちらは現役のお好み焼き屋のようだ。

その斜向かい、商売は辞めてしまったと思われる「一平」ちゃんにも…

本日2つ目ゲット!

もう満足したから帰ろうかな・・w

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遊郭跡は旅館街に

二葉遊郭跡

赤線廃止後の遊郭がたどる運命は、

  1. そのまま住宅街になる
  2. 飲み屋街やスナック街
  3. 特殊な温泉街

おおむねこの3つに分類されると思われる。
二葉遊郭の場合はこのどれにもならず、旅館街という道を選んだ。

ぱっと思いつくところで言えば、以前『すずめ旅館』に泊まった別府の「北部旅館街」が同じ分類となるだろうか。

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二葉遊郭は「鴨江旅館街 平成通り」という名で第二の人生を歩むことになった。
中央に植栽が植えられた、明らかに不自然な幅員の路地。

それはどっからどう見ても遊郭の名残に他ならなかった。

こんな駅から離れた、住宅街のど真ん中に旅館“街”があること自体が不自然だと判る人にはすぐ判るだろう。

そんな鴨江旅館街には、今も数軒の旅館が営業しているようだ。

ビジネスホテル小池。

旅館しまや

遊郭時代に「島屋」という妓楼があったのがまさにこの場所。

見た目は新しいが、建物自体は赤線時代からのもの・・のような気がする。
ここは機会があれば一度泊まってみたい。

かつて遊郭の目抜き通りだった道は200m足らずで終わりを告げ、突き当たりには駐車場がある。

高台に新開地を作って移転させたという歴史は、駐車場から眼下に広がる眺めで納得がいった。

同じ場所には、古色蒼然とした石碑がひっそりと建っていた。

何て書いてあるのかさっぱり読めなかったが、二葉遊郭にあった妓楼の屋号だけは辛うじて判読できた。
関係者が建立したことは間違いないだろう。

突き当たりから見た旧二葉遊郭。

今や遊里の確かな名残を示すのは、この生け垣ぐらいだろうか。
帰ろう。

飲み屋街の通りからは、一際目立つアクトタワーが空へ伸びていた。

時間があれば舘山寺にあるお気に入りの温泉に寄っていただろう。
すぐに辞さなければならなかったのが何よりも惜しい、久しぶりの浜松だった。

[訪問日:2021年1月3日]


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