プログレッシブ宿場町。旧山陽道「矢掛宿」の歴史にせまる

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旧山陽道「矢掛宿」の町並みを引き続き眺めて行こう。

無電柱化されてスッキリした通りの雰囲気はこんな感じ。

矢掛は関ヶ原の戦い以後天領となり、1699年に庭瀬藩領となるまで天領と藩領を行ったり来たりする少し複雑な経過を辿っている。

矢掛宿の建物は、妻入りで奥行きが驚くほど長いいわゆるうなぎの寝床スタイルが多い。
これは、間口に対して課税されるシステムが天領下で採用されていた名残によるようだ。

ちなみに、町内で奥行きが最も長いものは106mだと言う。
東京ドームの両翼が100mなのでいかに狂った長さかお分かりいただけると思う。

近年、矢掛ではカフェを始め新しい飲食店がオープンし、グルメ方面でもちょっと注目を浴びる場所になっているそうだ。

こちらはイタリアン。

前頁で触れた宿がこちら。

株式会社矢掛屋が運営している「矢掛屋本館」。
この本館を皮切りに、すでに5棟もの宿泊施設をオープンさせている。

左手に見える豪壮な平入り。
察しの良い方はすぐにお分かりかと思うが、矢掛宿の本陣だった建物、石井家住宅である。

本陣を越えたらそろそろ宿場も終わりに差し掛かる。

煎餅屋のぼっこう堂さん。

最後が緩やかなカーブになっているのは見通しを悪くさせるためだろうか。

重伝建選定を祝う横断幕になんだかこちらも嬉しくなる。
おめでとうございます。

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さりげなく洋風建築

矢掛商店街には、時々洋風建築の建物が登場してはっとさせられる。
情報や文化がいち早く伝わる、街道筋ならではの軌跡のようだ。

まずこちらが「交譲会館」と言う名の、いわゆる公民館。
1928(昭和3)年の建築だそうだ。

続いて「横山精肉店」。

もともとは江戸時代創業の菓子屋で、昭和初期にこのデザインに。
昭和23年に肉屋になって今にいたる。

そして右側、昭和元年に建てられた「旧吉岡醤油店」。

あと、前頁の「川田商店」さんも洋風建築ですね。
矢掛を歩く際は、近代建築も楽しんでいただければ!

さて、それでは最後に本陣を見学して行きましょうか。

(3ページ目へ続く)

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