一昨年の秋に鴨島を歩いたときにその外観にすっかり魅了されてしまい、いつか泊まりに来たいと思っていたさくら旅館。
翌GWにまた四国に行くことになったので、ここぞとばかりに予約を入れた。
実は、この日に限っては徳島市内にある老舗旅館と最後の最後まで悩んだが、最終的にさくら旅館に決定した。
そんなわけで、8ヶ月後に再び鴨島に来ることになった。
外観は一度この目で見ているので感動こそ薄れてはいるものの、それでもやはり素晴らしい。
特にこの木製看板。戦後あたりまで使われていた「右横書き」が採用されている。
さくら旅館は戦後すぐぐらいの創業だそうだが、おそらく創業当時からのものだろう。
裏口。
こっちから来た人はここから入ってしまいそうだが、実は厳密にはここは入口ではない。
ちなみに、駅から来た人は駅前通りをまっすぐ進むとこんな表玄関にたどり着く。
こっちはまぁわかりやすいと思う。
で、裏口の場合は駐車場の奥に本当の入口がある。
チェックインの際はここから入って声をかけたほうがたぶんスムーズに行く。
入ったところが土間のようなつくりになっていて、感じとしてはこっちのほうが玄関っぽい。
まぁ、裏口から入るのも間違いではないので、結局は好きなところから入ったらいいとは思うけども。
ここで声をかけてチェックインとなった。
先入観で高齢のご夫婦で経営されているのかと思っていたら、ずいぶん若い方だったので息子さんかな?という印象を受けた。
さくら旅館随一の見せ所が、この螺旋階段。
まぁ、螺旋風と言ったほうが正しいかもしれないけど。。w
なんせ入ってすぐにこれが視界に入るので、ご多分に漏れずほとんどの人が衝撃を受けると思う。
階段からの景色も実にエモい。
このとき泊まった二階の六畳間。
さくら旅館はそのアクセスの良さも相まって、利用客はお遍路さんが多いそうだ。
鴨島には11番札所の藤井寺があるので色々都合が良いのだろう。
館内を散策する
さくら旅館は駅前通りと旭通りに面する、東西に長い構造をしており正面から見たらいわゆるうなぎの寝床スタイルになる。
ただ、航空写真では別棟が繋がっているようにも見えるので、あとから増築したとかなのかもしれない。
今回、何も話を伺えなかったのでこのあたりは推測の域を出ない。
ちなみに、泊まった部屋は東側、駅前通りに面した正面側の建物だった。
荷物を置いたあとは早速館内の散策にくり出した。
あらゆるものが昭和テイストで自然とテンションが上がってくる。
廊下をまっすぐ進むとやがて階段が現れた。
位置的には裏口に繋がっているのだろうと思われた。
思った通り、階段の下が裏口だった。
目の前の廊下を真っ直ぐ進むと、最初に入った土間のところに繋がっている。
今度は一階の東棟に行ってみよう。
ここが東棟と西棟の境目。
おー、これは!
いつもながらロボットの顔にしか見えない電話機だ。
まさかこれ現役なのかな?
東棟1階の廊下。
客室は「まつ」とか「たけ」とかあって、例えば「たけ」だったらこんな風に実際に竹が使われていたりと部屋の意匠にも反映されていて、見ていて面白かった。
西棟2階には何組か宿泊客がいたようだったが、東棟の1階は誰も泊まってなさそうな雰囲気だった。
今は西側をメインに使っているのかもしれない。
突き当たりまで進むと玄関に出る。
ここが駅前通りから入った表玄関に当たる。
お次は二階へ。
大広間があったが、今は使われてなさそうな雰囲気だったので掲載は控えます。
こういうスピーカー、小学校の頃に教室にあったなーと。
懐かしい。
この日は夜は夜で予定があったので食事は朝食だけにしておいた。
戻るのがかなり遅くなってしまい、結局風呂も入れずというちょっと残念な結果に終わってしまった。
朝食は純和風旅館らしいメニュー。
最近読んだ健康系の本で、日本人の食事を各年代ごとに調べ、どれが一番健康効果が高いか、という実験をしたところ、昭和50年頃の一汁三菜を基本とした和食(まさにこういう献立)が最も生活習慣病のリスクが低かったそうだ。
日本人が長寿なのは食事の影響がかなり大きいらしく、欧米の影響を受けて動物性の高たんぱく、高脂質になった現代の食事では寿命の低下が危惧されていると。
というのを知ったとき、さすがに家でここまでの食事を作ろうとは思わないから、せめて旅館に泊まったときは多少量が多くてもありがたく全部頂くことにしようと。
そんなことを思った次第。
何も話を聞けなかったのが心残りだったけど、さくら旅館は外観からの期待値を裏切らない素晴らしい旅館だった。
いつか徒歩でお遍路もやってみたいと思っていたりするので、そのときは迷いなく再訪しようと思う。
[宿泊日:2022年5月]
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