風待ち島からハートアイランドへ。志摩の離島「渡鹿野島」上陸記

三重県
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島の散策を始めるにあたっては、まずここがどういう島であるかを説明する必要があるだろう。

島の中心部を望む

説明だけだとつまらないので歩きながら撮った写真を適宜挿し込んで行こうと思う。

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About 渡鹿野島

渡鹿野島は三重県中部、伊勢志摩エリアの的矢湾に浮かぶ周囲約7kmの島である。

湾の奥まった場所に位置するため波が穏やかで、そのため江戸時代には江戸と大坂を行き来する廻船の風待ち港として重宝された。

次第に船乗りを相手にする遊女が現れ、瀬戸内のおちょろ舟のように小舟で沖へ出る女もいたという。
この遊女たちは「はしりがね」と呼ばれ、漢字で把針兼と書くように針仕事など身の回りの世話もしていたようだ。

 

明治時代に入り汽船が登場すると風待ちの需要がなくなり、いつしかはしりがねも姿を消していくが、遊郭はそのまま残り、昭和33(1958)年の防止法以降も島の主要産業として続いていく。まぁこの話は有名なのであえてここで言及することもないだろう。

平成に入ったあたりからその産業も徐々に下火となっていき、その頃から島に染みついた負のイメージからの脱却を図るための取り組みが行われるようになる。

先述した「わたかのパールビーチ」の整備もその一環である。

その後も“稼業”はほそぼそと続いていたが、2016年に賢島で開催された「伊勢志摩サミット」を契機に終焉を迎えたようだ。

その後は島民、行政ともに観光色を前面に押し出してクリーンな島であることをPRしているが、その努力が実を結んだのが2021年10月。初めて修学旅行生が島内に宿泊するという歴史的な日を迎えることになった。

ちなみに筆者が島を訪れたのが2021年12月。まさにその直後だった。

まぁこれについては偶然だが、冒頭で「機が熟すのを待っていたから」と書いたように、観光客のフリをしながら堂々と写真が撮れるようになる日を気長に待っていたのがこの時期になった理由である。

そんなわけで、現在の渡鹿野島は温泉と海の幸とオーシャンビューを堪能するリゾートアイランド。歴史を知ってか知らぬか、カップルやファミリーも普通に訪れるし事実そういう客をよく見かけた。

さて、ぼちぼち島内を歩き始めているが、観光客は誰も行かない島の現状をゆっくり見て行こうと思う。なんせ時間はたっぷりあるし、めちゃくちゃ広い島でもないので端から端まで歩き倒すつもりだった。

渡鹿野島は島の形がハート型をしており、これが「ハートアイランド」と呼ばれる由縁となっている。
渡船場があるのは右下あたりで、集落もほぼその付近に集まっている。

そこは最後にゆっくり見るとして、ひとまず島の西側から見て行くことに。

最高地点が30mとほぼフラットな島だが、渡船場のあたりが最も低いので内陸に向かうと自然と坂道を登ることになる。

渡鹿野島の人口は令和5年現在約160人。
この数字が多いのか少ないのかは判断がつかないが、基幹産業の全盛期にはやはり今とは比較にならないほど大勢の人たちが住んでいたそうだ。

その名残とも言えるのが、島の内部に今もあちこち残るアパート。

辛うじて人が住んでいそうな物件もあれば完全な廃屋もあったりと、程度も様々だった。

朽ち始めた廃アパート。

その姿は、今まさに土に還ろうとしている最中のように映った。

 

着の身着のまま島を出て行ったのか、中には荷物がそのまま残された部屋もあった。

そんな島の“核心部”を横目に、ひとまず島の最奥部まで行ってみた。

かつて船着き場があった赤崎港。
道中は特に見どころもない一本道だった。

戻って今度は島の東部を目指す。

途中、廃墟となった保育所の建物が残っていた。

高台から島の中心部を望む。

廃旅館。

最後にその中心部を歩いて散策を締めることにしよう。

(3ページ目へ続く)

コメント

  1. 定マニア より:

    私が渡鹿野島を知ったのは、2010年頃、映画監督の池田敏春氏が三重県で水死体で発見されたというニュースを見たのがきっかけです。湯殿山麓呪い村というエログロ?映画の監督です。手掛けた作品の中に、人魚伝説というのがあり、渡鹿野島がロケ地になっていました。撮影当時は、まだ渡鹿野島で、女性を派遣する商売はあったようでした。その映画のロケ地で水死体で発見されるとはなんともミステリーです。一体なにがあったのでしょう。被害者親族に配慮して、詳しいことは伏せますが、三重県で、当時小学生の女の子が、自宅から突然姿を消して(父親は自宅で寝ていた)数年後に、怪文書が自宅に届くという奇妙な事件がありました。私は、渡鹿野島が関係あるのではないかと今でも思っています。

    • machii.narufumi より:

      2010年とは、割と最近にもそういう話があったのですね。
      90年代に女性記者が失踪した事件はご存知ですか。結局真相は闇の中ですが、この島にはこの手の都市伝説が他にもあったようですよ。

  2. 定マニア より:

    あ、知ってます。犯人はこの男ではないかってところまで分かっているんですよね。先ほどのコメントにありました怪文書には、「又割れ」という奇妙な言葉が使われていて、売春婦のことかな?と私は思っています。渡鹿野島の売春婦或いは、やりて婆が犯人?

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