風待ち島からハートアイランドへ。志摩の離島「渡鹿野島」上陸記

三重県
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【お詫び】
昨年は出版の作業に忙殺されてブログの更新を止めざるを得ない状況でした。ようやく時間が取れるようになったので少しずつ再開していこうと思います。


 

不安の入り混じった面持ちで電車を降りた。
出迎えた一人の男に促されるままバスに乗り込む。

 

――とうとうここへ来てしまった。

 

ぼんやりと窓の外を眺めながら、今日と明日の旅程を反芻する。
無事にミッションを達成するためには、ある程度運の作用も必要になるだろう。

そんな祈りにも似た思いを乗せ、バスは走り出した。

 

三重県志摩市磯部町。
これがこの日の目的地だった。

近鉄志摩線の「鵜方駅」から、旅館の送迎バスに揺られること約15分。
はじき出されるように、すべての乗客が降車した。

そこは渡船場だった。

 

いつかは上陸したいと願い続けた島が、凪いだ海の向こう側に横たわっていた。

伊勢志摩エリアの的矢湾に浮かぶ「渡鹿野島」。

知る人ぞ知る、嘗て“禁断の島”としてその名を全国に轟かせた歴史を秘めた場所である。

なぜもっと早く来なかったのかと言うと、「機が熟すのを待っていたから」というのが答えになろうかと思う。
その理由などは追々触れるとして、早速島へ渡ることにしよう。

渡鹿野島渡船は「人がいたら運ぶ」ゆるい運行で成り立っているため、まず時刻表が存在しない。
片道約3分、200円の船旅である。(19~22時は300円)

確か船頭さんには宿泊先を訊かれただけで、運賃は宿のほうで払ったような記憶がある。

旅情を噛みしめる間もないほど呆気なく渡鹿野島へ上陸を果たした。
ここまでの交通手段は皆一様で、ここから先は各々が宿泊先へ散っていく。

正確なところはわからないが、現在の宿泊施設はおそらく5軒ぐらいではないかと思う。

師走の穏やかな日だった。
間もなくマジックアワーを迎えようとしていた海辺が、ドローン水没事件でくさくさしていた心を浄化してくれていた。

いい空だ。

「恋人の聖地」のモニュメントや2003年に整備されたと言う「わたかのパールビーチ」が、今やここが観光の島であることを如実に物語っていた。

この日のお宿は最も北側に位置する「海辺のホテル はな」。

ウェルカムドリンクやロビーの雰囲気など、気分はすっかり海辺のリゾートホテルに来たようだった。
まぁ観光で来たのは事実だし、この日ははなから美味いもの食べてのんびり骨休めをするつもりだった。(実は「総合旅行業務取扱管理者試験」の合格祝いを兼ねた旅行だった)

部屋からは贅沢すぎるオーシャンビュー。

これとか沖縄のプライベートビーチと言われても誰も疑わないんじゃないかと思う。
でも実は、右側に見えてるホテルは廃墟だったりする。

 

さて、ここからはお楽しみの夕食タイム。

伊勢海老のお造りからスタート。

実はこの島には漁師がおらず、魚はよそから買っているという裏事情があったりするのだがまぁそんな細かいことはご飯が美味しければ別にどうだっていいと思う。

魚介類のせいろ蒸し。

ご馳走をたらふく食べたあとは温泉で疲れを癒やし、やって来るのがもう10年ぐらい早ければ闇に紛れて出かけていたかもしれないな、、なんて夢想しながら心地よい眠りに落ちていった。

 

翌日も快晴だった。

AM6:30。
東向きの窓に広がるさながら異国のような絶景は、素晴らしい一日を約束するかのようだった。

泊まった「はな」は姉妹館である「福寿荘」の温泉にも入れるというので、朝風呂は福寿荘さんにお邪魔した。
なお、チェックアウト後に島から出るときもこちらのフロントに声をかけて船を手配してもらうよう言われた。(おそらく出島手続きのようなモノだろうと思う)

離島あるあるだが、朝食も魚がメインなのは嬉しいところ。

精算を済ませ、9時過ぎにホテルを出た。
観光スポットが皆無なこの島では、温泉と料理、そしてオーシャンビューを堪能したらあとはもう帰るだけとなるのが通常の感覚なのだろう。

渡船場には帰路につく宿泊客の姿もちらほらと見られた。

筆者の場合は上記はおまけのようなもので、むしろ今からが本題である。

(2ページ目へ続く)

コメント

  1. 定マニア より:

    私が渡鹿野島を知ったのは、2010年頃、映画監督の池田敏春氏が三重県で水死体で発見されたというニュースを見たのがきっかけです。湯殿山麓呪い村というエログロ?映画の監督です。手掛けた作品の中に、人魚伝説というのがあり、渡鹿野島がロケ地になっていました。撮影当時は、まだ渡鹿野島で、女性を派遣する商売はあったようでした。その映画のロケ地で水死体で発見されるとはなんともミステリーです。一体なにがあったのでしょう。被害者親族に配慮して、詳しいことは伏せますが、三重県で、当時小学生の女の子が、自宅から突然姿を消して(父親は自宅で寝ていた)数年後に、怪文書が自宅に届くという奇妙な事件がありました。私は、渡鹿野島が関係あるのではないかと今でも思っています。

    • machii.narufumi より:

      2010年とは、割と最近にもそういう話があったのですね。
      90年代に女性記者が失踪した事件はご存知ですか。結局真相は闇の中ですが、この島にはこの手の都市伝説が他にもあったようですよ。

  2. 定マニア より:

    あ、知ってます。犯人はこの男ではないかってところまで分かっているんですよね。先ほどのコメントにありました怪文書には、「又割れ」という奇妙な言葉が使われていて、売春婦のことかな?と私は思っています。渡鹿野島の売春婦或いは、やりて婆が犯人?

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