沖縄・「真栄原社交街」放浪記~ゆめのあとを訪ねて~

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沖縄・真栄原社交街。かつて沖縄最強の名を欲しいままにしたちょんの間街である。

この世から消されたその桃源郷では、4年という歳月を経て、感情はおろか自我さえも忘れてしまったかのような無彩色の世界が広がっていた。

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滅びた社交街を歩く

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言うならば、疫病が流行して村人が全滅してしまった寒村のようである。
まさにリアルバイオハザード。角を曲がったらゾンビがこんにちは、とかちょっと洒落にならない。

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しかしながら、思う。
浄化運動に携わった人々は、なぜその後のことをしっかり考えなかったのだろうか。
潰すだけ潰して満足して終わり、じゃ遊んだおもちゃを片付けない子どもとなんら変わりないと思う。

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結局、店舗型の風俗店を摘発しても地下へ潜るだけ。無届けで無店舗で、ますます違法になっていくことは不可避である。
個人売買で危険にさらされる女性が増えることだって危惧される。
目に見えるものがキレイになればそれでいい。やはりそれはちょっと違う。

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止むに止まれぬ事情があり従事する人がいる。そしてそれを必要とする人がいる。
需要と供給の関係が成立する以上、必要悪と言われても存在する意義はやはりあると思うのだ。

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当事者の気持ちは死んでも理解できないだろうし、だからこそ強硬手段も厭わなかったのであろうが、こうなった結果困る人のことや、その後先を考えなければいけなかった。
ゴーストタウンになった社交街を歩きながら、この街で生きた人々に対してそんな風に思いを馳せた。

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横浜黄金町は、横浜という地の利と駅近という立地が奏功してアートタウンとして再出発を果たしたが、特に秀でたものがない真栄原が同じような道をたどるのはほぼ絶望的な気がする。

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何より、一度土地に染み付いた負のイメージは生涯拭い去ることはできない。
行政と住民が一枚岩となって心血を注ぎ続けなければ、本当の意味での「浄化」は到底実現できるものではないと思う。

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時が止まってしまった街で、主を失った椅子だけがそっと時を刻み続けていた。
もう誰も座ることはない。それを知りながら、それでもそのときを待ちわびているかのように。

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軒先を注視しながら歩くと、社交業組合のステッカーもいくつか種類があることに気がついた。
何を表しているのか知る由もないが、「真」の文字がなかなか洒落ている。

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「浄化作戦以降、客足が遠のいて売上がガタ落ちした」とは、近所で食堂を営む女性の弁。
迫害にも似た浄化は、時として街全体の活力を奪い、衰退への推進力となる。
かつて黄金町や西川口がそうであったように。

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不義とは何なのか。
ここで営まれていたこと、とするのが自然な解釈だが、“度を過ぎた浄化運動”に対して、と捉えることもできる。
いずれにせよ、既に鉄槌は下されている。

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昨今、東京オリンピックに向けて都内の歓楽街が浄化運動の標的にされる、と言う噂が絶えない。
戦後のドサクサや色街の残滓など、レトロで味のある街並みが再開発に呑まれ、画一的でつまらないマンションになったりする。
そして、真栄原のような街は次々と壊滅させられていく。

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どんどんつまらない世の中になっていっているような気がするのはたぶん筆者だけではないと思う。
“無菌状態”で育った子どもたちが担う未来の日本がどうなっているか、我々にはまったく予測ができない。

やり場のない無念さと怒りにも似た感情が交錯した真栄原散策であった。

[訪問日:2014年12月23日]


コメント

  1. maru より:

    いや~!深かった。
    なんか、西部劇の寂れた街みたいですね。

    • mast-mo より:

      西部劇w
      えぇ。この街はなかなか深いですよ・・闇が。機会があれば是非一度訪れてみてください!

  2. ネガおぢさん より:

    同感です。日本は「1984」のような究極の超管理社会に既に踏み込んでいる。と思います。われわれは××チ×ーセンのことをよく揶揄しますが、どこが違うんでしょうか?同じdnaを感じます。“ダイバイシティー”とかよくいってますが、寛容さが全く無くなってますよね。現在の日本。「綺麗は汚い 汚いは綺麗」。シュウゾーと同じくらいヒロシが支持されなくちゃいけないと思ってます。

    • mast-mo より:

      >ネガおぢさん様
      コメントありがとうございます。時代とか政治的な都合とか色々あるんでしょうけど、かつての色街を歩くと理不尽なことを感じるときがままあります。表層だけで物事を捉えないで本質をよく考えてほしいと思いますね。為政者にはそういう政策を期待したいです。

  3. 区民 より:

    再開発計画が進んでいます。
    辺野古でワイワイやっている大半が県外から来た『自称一般市民』のせいで、普天間基地の移設が進まず、それと共に頓挫しています。
    ちなみに今でも夜間にはやっている店が多々あります。
    結局、暴力団の隠れ蓑であり資金源になっているのは事実です。

    • mast-mo より:

      区民様
      なんと・・壊滅したとばかり思ってましたが復活していたのですか。いやはや、驚きました。貴重な情報ありがとうございます。
      ちなみに再開発計画とは何を作る感じなのでしょうか?

  4. 地域民 より:

    初めまして。同じ市内出身です。
    25年ほど前の私の高校生の頃は
    「早朝(4~5時頃)新町に行けば札が落ちている」というのが
    もっぱらの噂でした。卒業したら新町行こうぜ!も合言葉でした(笑)
    ま、大学生の頃早朝車で走らせましたが何も落ちていませんでしたけどね。
    そして大人になった今、(経営者がどの筋かではなく)こういう風俗街として
    まとまったエリアというのはある意味健全?なことなのかもしれないな~と
    思うようになりました。
    小中学生の頃“新町は大人の世界だから危ない”という認識だったのも
    悪いことではないというか…
    なぜか住所検索からここをのぞかせてもらいましたが、とてもステキな探訪記ですね。
    いいサイトに出会えました。頑張ってくださいね!

  5. mast-mo より:

    地域民様
    早朝、札が落ちているというのは真栄原らしい逸話ですね。
    確かにこういう街は子供やその親にとっては忌むべき対象なのかもしれませんが、働く人や遊ぶ人にとっては必要な場所だと思います。
    一ヶ所に囲い込まれて地域とうまくバランス取りながらやっている分には潰すなんて議論は間違っても出てこないと思うんですが・・
    激励ありがとうございます!今後の励みになります。

  6. りい より:

    2004年から2006年、2009年の3年間を新町で過ごしました。キャンプの時期にはプロ野球選手がきたり、お笑い芸人がきたり、と賑わっていましたが、2009年の10月頃から12月は町を巡回するパトカーが町に入った瞬間にお店にベルがなり入口を閉めなくてはいけない状態で、売上は一気に減りました。でも、この仕事をあがるいいキッカケになったのも事実です。
    壊滅するかも、と判断し地元に帰り、その後沖縄にはなかなか行けていませんが、今回この記事で新町を見れてよかったです。

    • mast-mo より:

      りいさん
      まさか当時現地で過ごされた方からコメントをいただけるとは。貴重な生の声をどうもありがとうございます。
      10年以上前であれば今となっては思い出のようなものかもしれませんが、少しでも当時を懐かしむきっかけになったのであれば私としてもよかったです。

      • りい より:

        新町では系列のお店の子以外には仲良くしてはいけない、という暗黙のルールがありました。

        わたしが働き始めた2004年には系列のお店に「ホストで積み重ねた借金を返すために売られてもう3年働いている」という子も珍しくありませんでした。借金を返しても最低3年いなくてはいけないとかいうルールがあるお店もありました。
        新町には「日掛け屋」と呼ばれる非合法の貸金屋さんがいたのはご存知でしょうか。
        借りたお金は100日で返すのです。300万なら1日3万を100日。周りにはそんな子が多くいました。でも利息がすごいんです。
        300万のうち元金250万利息50万という感じです。
        新町の壊滅と共にこういう日掛け屋さんも壊滅していったのでは・・・と気になっています。

        確かに非合法地帯でした。でも、ここでいい思い出があるのも事実です。
        写真を見て、懐かしいやら淋しいやら・・・

        毎週来てくれていた常連さんは今はどこで癒されているのか少し気になりました。

        ここで過ごした私も今では2児の親です。主人にも子供たちにも、ここの事は話せませんが、自分が過ごしたこの場所がこのまま廃れないでいつか復活して欲しいな、と思ってしまいます。

        • mast-mo より:

          りいさんの気持ち、よくわかります。
          どんな場所であれ、昔いた場所や属した組織というのは忘れたくても忘れられるものではないと思います。
          新町のような場所であればそれはなおさらでしょう。

          家族にとっては知る必要のないことです。そっとご自分の胸にしまっておくだけでよいと思います。
          ふと思い出すことがあれば、是非また遊びに来てください。お役に立てるなら嬉しい限りです。

  7. より:

    好きな街でしたよ。夜行くとナースやゴスロリ、チャイナ服とかコスプレの可愛い女の子ばかりで・・・午前中にお邪魔すると主婦層が多くって。あさイチに一発発射して街を歩いていたら頭上を飛ぶ軍用機が道路に影を落として、う~ん沖縄だって気になりましたよ。

    • mast-mo より:

      沖縄らしい情緒が素晴らしいですね~。旅行者だったらきっと何物にも代えがたい旅の思い出になると思います。
      復活してほしいですね。個人的には。無理でしょうけど。

  8. toto4543 より:

    古い記事にコメントで失礼します。
    寂しさ漂う写真を見て、このコメント欄を読みながらいろいろ考えてしまいました。

    確かにこうした街がすぐそばにあるのは困る、という気持ちは分かります。
    排除したいと動き出すのもわかる。
    しかし、人格否定に至るというところで一線を超えていると思うわけです。
    活動をしていた人たちはそれを「正義」だと思っていたと思います。
    正義だから叩いても良い。
    これって、いじめの構図と一緒なんですよね。
    あいつは嘘をつくから懲らしめてやらなきゃいけない、あいつは先生に贔屓されているから思い知らせてやらなければならない、とか。
    そういう、いじめの仕組みを知らない大人たちが、いじめを無くそうなんて言ってるから無くなる訳ないんですよね。
    なくなったと思っても、それは表面的なだけで、より凶悪な形で水面下に潜む。
    それは、こうした街と同じ様に思います。

    「人間」という生き物をどう捉えるか。
    それによって、こうした街の必要性というか、存在してしまうことが見えてくる。
    こうした街を抱えることのできる社会、もちろん積極的に抱える必要はないのですが、それが実は一番健全な状態じゃないのかと思うんですよね。
    人間にベストは無理、ベターで良し。

    • mast-mo より:

      本質を突いた素晴らしいコメントですね。
      いじめにしても、当事者の気持ちを真に理解しないと本当の意味でなくすことはできないと思います。
      きれいごとばかりを追い求めたら絶対どこかで綻びが出てしまって、悲しい結末になるのは目に見えてます。
      この街の顛末は、そういう側面が帰結した、なるべくしてなったものだと私は思っています。

      理想論なんて所詮は理想でしかないんです。

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