神田サブロードまち歩き ~高架下のブルース~

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神田のガード下は奥が深い。以前、今川小路を歩いたときには露ほども知らなかったけど、どうも神田という街はずいぶんDEEPな歴史に彩られた地であるようなのだ。

そんなわけで久しぶりに神田駅へ。代名詞でもある煉瓦造りの高架橋がお出迎え。

北口を出て、やや南へ。この連絡通路、こんなにキレイだったかなぁ。
そんなことより、たぶんこの辺りだと思うんだけどな。

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どう見ても異空間

ここか…。
通路に向かってぽっかりと口を開け、まるで自らの薄汚れ具合を誇示するかのように不敵な笑みを浮かべる姿がそこにはあった。

他でもない。これが、「神田サブロード」である。

神田駅の周辺は、東京大空襲で容赦なく焼き尽くされほとんど何も残っていない状態から戦後はスタートしたという。
そして、おびただしい数の露店がやがて闇市となり、駅周辺を埋め尽くす事態となる。

その露店たちが撤去されるときの過程で、ガード下を借りて営業を始める業者が出現。これが今日のガード下の景観の発端になっていった。

そしてそのガード下商店街、というか横丁の残党がこのサブロードというわけである。
飲み屋ばかりかと思いきや、雀荘やパチ屋と言った多様な業態がラインナップしていた。

外光がまったく入らない上、途中で直角に曲がることで見通しがまったく利かない通路は、選ばれし者しか入ってはいけないダークゾーンのような強烈なオーラを放っていた。
写真で伝わったかまったく自信がないけど、真面目な話、久しぶりにちょっと怖さすら覚えた。

あっという間に反対側に抜けたけど、神田駅の真下にこんなものがあったなんて…。
いやはやとんでもないところだった。

あまりにも呆気なく終わってしまったのでもう少し付近をウロウロ。

再び線路の西側へ戻る。たまには雨の散策も悪くないかな、なんて思ったり。

高架下にすっぽり収まった、というか完全にトランスフォームしてしまったこのスタイリッシュな飲み屋群。これも闇市の名残で、「神田小路」という名がついている。

どの店舗も二階建てで、はしごで上れるようになっているという。昔はそこが店主の住居だったというから驚きである。

すぐ隣がこの千代田橋架道橋。一体中がどういう構造になっているのかまるでわからないが、こっち側にも飲み屋が入居している。

明治時代の煉瓦アーチと戦後闇市の残滓。胸熱すぎる夢の競演。

これだから首都東京は奥が深い。

このあと、雨中とぼとぼ南下して「西銀座JRセンター」を見学してきた。しつこいぐらい写真撮影禁止って書いてあったので、まぁ写真は撮りまくったんだけどw、さすがにここでは公開できません。

神田サブロード以上に濃密な戦後空間が残されているので、興味のある方はどうぞ現地へ。場所は有楽町と新橋の間の高架下です。

おまけ。ちょうど前を通ったので今川小路の様子を。あまり変化がなかったのでひとまずほっとしたけど、手前左側が解体を予感させるような姿になっていた。大丈夫かな。

[訪問日:2016年5月27日]

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