富田林寺内町は大阪府で唯一の重要伝統的建造物群保存地区です

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大阪唯一の重伝建、富田林・寺内町。
見どころが多すぎて1ページに収まらなかったのでもう少しだけお付き合いください。

東の端っこまで行くと展望広場があったのでちょっと覗いてみる。

どうもこのあたり、周りに比べて少し高くなっているらしいということがここへ来てわかった。なんせ要塞都市だし、あえてそういう場所を選んだんだろうって気がするけど。

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興正寺別院

城之門筋を北側から。右手に見えるのが「御坊さん」の愛称で呼ばれる興正寺別院。まちを作っちゃうぐらいだから、昔の寺院がいかに強大な権力を持っていたかがよくわかる。

もう少し歴史の話をすると、文明開化の明治時代、鉄道や国道の開通もあり相変わらず富田林はこのエリアの中核都市であったという。

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フル装備の町家

18世紀中期の田守家住宅。ここまでに紹介した虫籠窓、煙だし、忍返しがすべて装備されている。これぞ町家の最終形態・・

さらに凄まじい形相をした鬼瓦まで乗っかっている。魔除けの効果があるそうだが、これじゃ魔物も来ないと思う。普通に怖いもん。

話を戻そう。明治時代には、寺内町の人々もビリヤードやバイオリン、自転車レースなど西洋文化の影響を受け、むしろ流行の最先端を行っていたそうである。

しかし、徐々に賑わいの中心が駅前に移り、大戦後は地主の多くが農地を手放し、さらにモータリゼーションの波にのまれ、寺内町は当初の役割を終えることになった。

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あてまげ

ところで、このように辻々で微妙に道がずれている光景を目にする。

これは「あてまげ」と言い、見通しを悪くするためにあえてずらしたという。これこそが寺内町最大の特徴で、要塞都市の真骨頂である。

でもあれだと車の運転が大変そうだな、っていらん心配をしてみたり。
初心者だと結構な人がフロントバンパー擦るか脱輪するだろうね。

明治末期の越井家住宅。

その少し西側。佐藤家住宅。19世紀初期。
本当に江戸時代の建物がごろごろ転がってる・・

佐藤家の北側には整体・アロマのサロン。木の温もりが感じられる町家でアロマっていいなぁ。

奥谷家住宅。19世紀初期。

そろそろ、一体どんだけあるんだよ、って思うでしょう。江戸時代の町家・商家はなんと約40軒あります。これでも紹介してるのは一部に過ぎません。

こんなところで散策終了。結構暑い日でぐったりしてしまったので、しばし公園で休憩してから帰りました。

すべてのエリアをじっくり歩くと約1時間。旧杉山家住宅を見学するなら1時間半~2時間くらい見ておけばいいでしょう。

駅からも近く、近畿圏なら余裕で日帰りで来れる距離。
江戸時代から残る町並みを見てみたい方は、次の週末は是非とも富田林へ!

※初めて来た方は、たぶん奇妙な塔が視界に入って困惑することと思います。そんなときは「富田林 謎の塔」で検索してみてください。

[訪問日:2016年4月26日]


コメント

  1. maru より:

    画像をみて、「すげ~&うぉ」と叫んでいます。

    いいとこですね。定年迎えたら、遊びにいこうかな?

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