松江市・和多見遊郭跡と元赤線の伊勢宮町

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「水の都」「霧の街」の異名を取る街には必然的に雨が似合うのかもしれない。到着後ほどなくしてしとしとと降り出した冷たい雨は、まだ夜が明け切らない駅前の路面を妖しく光らせていた。

松江にやって来たのは実に10年ぶりのことであった。

山陰地方(鳥取、島根)というのはどうもなじみが薄く、人生で一度しか来たことがなかった。色街歩きなんて酔狂な趣味が出来なければ、たぶんもう生涯来ることはなかったんじゃないかとさえ思う。

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松江の遊郭は駅のすぐそばにあった

そんなわけでまずは島根県の県庁所在地、松江である。松江駅の西北にある和多見町というところに、かつて「和多見遊郭」があった。

入口には売布(めふ)神社がある。ここの西側にかつての廓があったようだ。

ここの遊郭は江戸時代にはすでにあったようであるが、明治38年の大火で焼失。先ほどの売布神社を挟んで東側の伊勢宮町に移転したという歴史がある。

そういうことなので、残ってても稲荷神社ぐらいかなぁというそんな程度の期待値だった。

おや?と思わせるに余りある意匠をしているが、あまり娼家という感じもしない。

ここがもっともそれっぽい一角だった。
すでに明治時代には移転していたと言うし、戦後赤線になったのも移転先の伊勢宮町のほうなので、大火後はもう商売はしてなかったんじゃないかと個人的には思う。

ただ、『全国遊廓案内』には以下の記述があった。

松江遊廓は島根県松江市和多見にあって、和多見遊廓、または新地遊廓とも言っている。

昭和5年の本にこう書いてあるのがよくわからない。
もしかしたら、大火では全焼を免れ、罹災した業者が移転していったのかもしれない。完全移転までは時間がかかり、しばらくは両方で営業していたとか。

大橋川沿いの道に出る。この川は、和多見町のすぐ先で宍道湖に注いでいる。晴れてればさぞ風光明媚な景観だったであろうことが悔やまれる。

そう言えば川沿いで旅館を一軒見た。
和多見には花街もあったそうなので、もしかしたら花街の遺構なのかもしれない。

今も残る質屋が、遊興の巷であった時代のよすがを辛うじて今に伝えていた。

とは言え、気になったものはこの程度だった。踵を返し、今度は伊勢宮町へと向かう。

(2ページ目へ続く)

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コメント

  1. maru より:

    雨あがりのしっとり感がいいいですね。
    寂れた色町に似合います。

    • mast-mo より:

      赤跡2の松江も悪天候なんですよね。確かに、場所柄雨のほうが趣きがあっていいです。(歩くのは難儀ですが)