悲しみを乗り越えて・・輪島・黒島地区の天領な町並みを見る

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まるで東映のオープニングのような荒波だった。
沖から吹き付ける情け容赦ない北風に震えながら、この日ばかりは自分の線の細さを呪うしかなかった。

やって来たのは輪島市南西部にある黒島地区というところだ。
日本海に面した、南北に細長い海辺の集落である。

この集落に、歴史ある古い町並みが残っているというので見に来たというのがこの日の話。

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黒島は北前船の船主集落だった

ここには江戸時代、北前船で栄えた船主集落があった。
その町並みは2009年、国の重伝建に選ばれている。

種別は「船主集落」。これは全国でもふたつだけで、もうひとつはこちらも同じ石川県にある加賀橋立の集落である。

それでは早速黒島の町並みを見て行こう。

伝統的な建物は板壁(下見板張り)と黒い屋根瓦のものが多く、統一感ある町並みが続く。

その瓦は「能登瓦」と呼ばれるもので、釉薬を厚く塗り高温で焼きを入れることで、厳しい寒さや塩害に強い素材が出来上がるのだという。まさに北国の知恵。

保存地区は南北に約1.5kmと長い。この日は、モデルコースに沿っておおよそ北側の半分を歩いた。

どす黒く変色した、パンチの効いた木造家屋が立ち並ぶ光景はさすがに説得力が違う。長年、風雪に耐えてきた建物を前に人の無力さを思う。

先の案内板にもでかでかと書いてあったが、黒島は17世紀末に幕府直轄の「天領」になった。これにより、自由な経済活動ができたことが昔日の隆盛を支える一因となったという。

だが明治時代になり、鉄道の発達で北前船が衰退。黒島のまちも役目を終えるが、集落の人々は漁業や船乗りで食い扶持をつないでいったそうだ。

高台側に、メインストリートに並行する細い路地がある。
そちらへ行くと、伝統的建造物の間を縫うように創り出された迷路のような路地裏風景を見ることができる。

そう、ちょうどこんな風に。

震災の悲しみを乗り越えたまち

黒島地区は、2007年3月に発生した能登半島地震で壊滅的な被害を受けた。
ほぼ震央に位置し、震度6強という凄まじい揺れを見舞った集落は約3分の1の建物が全半壊という目も当てられないような惨状だったそうだ。

日本海と黒島の町並み

だが、美しい町並みを後世に残すという住民たちの強い意志と信念が結実し、見事復興を遂げたまちは震災の二年後には重伝建に選ばれるという快挙を成し遂げた。

そのとき半壊した建物の中には、黒島地区最大の廻船問屋で国の重文でもある「旧角海家住宅」も含まれていた。

(2ページ目へ続く)

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