炭都の遊里。田川・栄町の街並みを見る

かつて炭鉱で栄えた、後藤寺銀天街のアーケードに華やかなりし時代の残照を見た田川市。

もうひとつ。炭都であればなくてはならぬモノがある・・そう、遊里である。

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栄町遊郭

田川伊田駅の近くに、筑豊最大の炭鉱と言われた三井田川炭鉱の「伊田竪坑」があった。現在は石炭記念公園として整備されている。(炭坑節発祥の碑がここにある)

そんな、炭鉱の中心からほど近い栄町には色街が置かれ、炭鉱労働者たちで賑わったそうだ。

カフエー調の建物

このあたりだろう、と言う場所まで来るとこれ以上ないぐらい分かりやすい建物に出会った。

伊田竪坑が完成したのが明治43年。閉山が昭和39年。実働54年。

色街の成り立ちなどは皆目わからないが、仮に昭和33年まで続いたとして、40年前後は存続していたのではなかろうか。

付近を歩いてみる。

二股に分かれるY字の路地。

直感で左手の道を選んだ。

平凡な住宅街の景色に潜む“異端児”は、やはり歴史を知る者なのだろうか。

試される想像力・・

これは一体・・

そして並行するもう一本の路地へ。

周囲が微妙に高くなっている。谷底のような場所だったようだ。

赤い祠があった。

最も名残が濃かった一角。明らかに遺構と思しき建物が3棟並んでいた。

趣のある扉に目を奪われた。

向かいに建つ元小料理屋か何か。

もう一軒似たようなやつ。

月が~出た出た~月が出た~、ヨイヨイ♪

日本の発展を支えた労働者と、彼らの欲望を飲み込んだ色街。

幻景を探して彷徨えど、千鳥足の嫖客にも、酔っ払いの歌声にも、ついぞ会うことはなかった。

[訪問日:2018年12月30日]


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