神戸レトロの真髄!長田区『名倉市場』を見てきた

ちょうど去年の今頃から、延べ三回に渡って神戸市内の商店街、レトロアーケードを見て回った。(昨年9月頃の記事をご覧ください)

そのときはタイミングが合わず、のちに単体で訪問した長田区の『名倉市場』を今日は取り上げたいと思う。

湊川から神鉄に乗って一駅。頑張れば歩けなくもなかったけど、頑張りたくなかったので迷わず乗り込んだ。文明の利器万歳。

駅を出ると、目の前には長田区の丘陵地っぷりがよくわかる光景。
長田と言うかそれは神戸全体に言えることだけど。

この長い階段を下りて、さらに緩やかに下りながら10分ほど歩いたところに本日の目的地がある。

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名倉市場

付近は完全に住宅オンリーの住宅街で、ホントにこんなとこに市場なんてあるのかよ・・

きっと誰もがそう思うような場所に名倉市場はあった。

ここは市場好きにはよく知られているものの、東山商店街大安亭市場のような知名度はない。おそらくそれは立地の問題と、何より現役の店が最後の1店のみになってしまったからだろう。

日曜だったからか、その店は休みだった。

左手のシャッター。ここがその駄菓子屋である。

このときはまさかこれが現役とは思っておらず、のちに路地裏の先輩にそう聞いてぶったまげた。

という訳で、唯一の店が休みだったので誰もいない名倉市場はとても閑かだった。

 

(ゴクリ…。)

 

角を曲がった瞬間視界に飛び込んできた光景に、ショックを隠せなかった。

レベルがケタ違いだ・・

古さ的には垂水廉売市場と同じぐらいだろうか。

ただ、主を失い廃墟となった分、そこに退廃美が加わり不気味なほどの魅力を宿していた。

この名倉市場は、昭和11年に出来たと言う。今年で84歳。もうすぐ米寿を迎える。

丸五市場同様、震災のときはほぼノーダメージだったそうだ。昔の市場は頑丈だったんだな、と妙に感心させられた。

もう、扇風機が回ることはなさそうだ。

最盛期は20数軒の店舗が軒を連ねていた名倉市場。三年ほど前は三軒営業してたそうだが、先述のとおり今は駄菓子屋のみ。

そう遠くない未来に、本当のシャッター街になってしまう気がしてならない。

誇張なしに、「30年ぐらい時が止まってる」と感じた。
一体いつからこの状態だったのだろうか。

この通りに人が溢れかえっていた時代。
昭和20~30年代頃だろうか。

写真でいいから、そのときの様子をひと目見てみたい。激しくそんな衝動に駆られた。

反対側に抜けた。昔はここにも「名倉市場」と書かれた看板があったようだが、今では一見して市場の入口とは分からない。

面白いことに、出口に向かって傾斜がついており、道路が一段高くなっている。
丘陵地ならではの構造だ。

路地は途中でT字になっており、曲がるともうひとつの出口がある。
横から見ると傾斜の様子がよくわかる。

 

駄菓子屋には近所の子供たちが遊びに来るそうで、市場の入口には子どもたちのほっこりする声が貼られていた。

地域に必要とされている以上、たとえ1店になっても続ける意義がある。

 

立ち退きとか解体とか再開発なんて、全部大人の都合じゃないか。
本当に大切なものは何なのか。

これを読んだら、それが少しだけわかった気がした。

 

名倉市場。いい市場だった。
見に行ってよかった。

[訪問日:2019年11月10日]


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