アーケードは突然に。西予市『三瓶銀天街』

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卯之町から八幡浜へ向かう道すがら、宇和海に面した「三瓶」に寄り道した。
読み方は“さんぺい”でも“さんべ”でもなくみかめである。

このまちに『三瓶銀天街』なるアーケードがあるとその筋の人から教えてもらい、寄り道してでも行っておかないと後悔するレベルのアクセスの悪さだったので、ちょっと足を伸ばしてやって来たわけである。

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三瓶銀天街

西予市にある三瓶は、平成の大合併で消滅した「三瓶町」に属している。
鉄道は通っておらず、卯之町か八幡浜からバスでのアクセスになるようだ。

市街地に来るも、ビックリするほどまちに活気がない。
主要産業としては漁業になるのだろうが、漁師町のような雰囲気もちょっと弱い。

そんなところに、突如として立派なアーケードが現れるのでいささか面食らってしまった。

こんなところになぜこんなアーケードが…!?

ってな具合なので、まちの歴史とか色々気になるわけじゃないですか。

ってなわけでざっくり調べてみました。

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三瓶の記憶

かつては漁業が今より全然盛んだったんでしょ、とか思ってたけど全然違った。

紡績工場があって、要するに繊維産業のまちだったんだって。

大正時代に始まった紡績業は昭和の時代に最盛期を迎え、紡績工場の社員だけで3000人もの人がいたそうだ。
当時の町の人口は17,000人。

銀天街のアーケードができたのは昭和40(1965)年だそうで、今年で56年。

その後、繊維産業は昭和50年代には相次いで撤退し、徐々にまちから活気が奪われていったようだ。
ちなみに、合併直前の三瓶町の人口は約9000人。
最盛期の半分であることを思えばどれほど衰退したかは容易に想像がつく。

そんなわけで、なぜこんな立派なアーケードがあるのか、その理由はわかった。

三瓶商業セン・・ターか?

内部には、かつて酔客が闊歩したであろう路地が伸びていた。

暗っ!!めっちゃ暗っ!!!

 

商店街の様子やらお店やらまったくレビューしていないことに気づいたが、なんせシャッターが降りてる店だらけであまり言及することもない。

この日が大晦日だったからなのか元からこんなもんなのかは残念ながら知る由もなかった。
願わくば前者であってほしいが。

改めて思った。
やはりアーケードは平日に来ないとダメだ。

商店の営業有無がさっぱりわからん。

アーケードは200mぐらいだろうか。
思った以上に長さがあった。

それほど昔は人が多くて賑わっていた証左なのだろう。

そう言えば洋品店は2店ぐらいあったけどこんな日でも営業してるのがすごい。
そしてやっぱり衣食住の要素だけに服屋と飲食店は強い。

こうして見ると、廃業というよりは普通に休業日って雰囲気の店が多かった気がする。
しかしオレンジの照明がイカすな〜。

そんな三瓶銀天街。

時間が押してて慌ただしい散策だったけど、来てよかったと思えるいいアーケードだった。

[訪問日:2019年12月31日]


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