木蝋で栄えた小さなまち。愛媛県内子町を訪ねて

愛媛県
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和紙と木蝋の生産で、江戸後期から明治にかけて繁栄した内子町の八日市護国地区。
圧巻の町並みはまだまだ続く。

山裾に位置する関係で町並みには緩やかな傾斜がついていて、これがまたいい感じに風情を醸し出している。

前夜泊まりたくて泊まれなかったお宿、月乃家さん(苦笑)

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本芳我家

製蝋業で財を成した芳我家の本家が「本芳我家」。

重要文化財にもなっている建物は、とにかく地区内でもひときわ目を引くほど豪華絢爛で圧倒的な存在感を放っている。
※庭園の一部のみが見学可能で、内部は非公開

本芳我家の横に立つのが寛政年間に建てられた大村家住宅。
築220年ほどを誇る内子で最古クラスの町家である。

本芳我家の向かいの建物もまたすごい。

高価な蝋を盗難から守るために造られた「蝋垣」。
昔はたくさんあったそうだが、今ではわずかに残るのみとなっている。

ちなみに、製蝋業者の数は最盛期の明治後期で23軒あったそうだ。
大正期以降、代替品となる石油の台頭により木蝋は急速に衰退していった。

内子の歴史について知りたければ、こちらの「あたらし屋」に立ち寄ろう。
江戸時代は家紋の染物屋だったという建物で、手作りの和紙製品や土産が購入できる。

そして、内子町の歴史にまつわる数々の品が展示されている資料館でもある。

宿場町の名残りだろうか、あたらし屋の前は枡形になっていた。
そこを颯爽と直滑降で下っていくおっちゃん。

クルマはちょっと苦戦してたw

枡形をクリアしたら保存地区もあと少し。
ここから下(南)は坂町というエリアで、上側が八日市・護国地区。

具体的には、本芳我家のある中心部あたりが八日市地区で、その北側が護国地区。
距離が短いせいだと思うけど、「八日市・護国の町並み」に入れてもらえなかった坂町が不憫でちょっと泣けてくる。

こういう“売物件”見るとついつい「いくらだろう?」と思ってしまう。

好きな街に住みたいタイプなので筆者は持ち家 vs 賃貸なら後者となるが、仮に自分の家を持つとしたらマンションや最近の家にはまったく興味がなくて古民家をリノベーションして住みたいと思っている。

場所を選ばなければそれなりに安く手に入るだろうし、まぁこれは個人の価値観の問題だけど、都会で高いマンション買って定年付近までローン地獄の人生とか絶対ムリだな、と…。

(普通の)いい大学出て給料のいい(普通の)会社に入って結婚してマイホーム買って・・

みたいな、いわゆる昭和のサラリーマン像も今や崩れ去った時代ではあるけど、そういう生き方しても絶対楽しくないだろうな、、自分には合わないな、、って学生の頃に確信したのが私です(笑)

最近、とある友人にこの話をしたらえらく共感してもらえたので、こういう価値観の人他にもいるんじゃないかな…

と言ってもその友人もえらい変わりモンだからあまり自信ないけど(笑)

途中から脱線しちゃったけど、内子町の八日市・護国の町並みはこれにておしまい。

え、アレを紹介してないのに終わり?って思ってる方もいるかもしれませんね。
という訳で、もうちょっと続きます!

(3ページ目へ続く)

コメント

  1. 同行二人 より:

    「アレを紹介してないのにこれで終わり?」←旭館のことかと思いました^^;

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